quatre

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「ガチで殴ることないだろ」 「うるさい、本当に性格悪すぎだから」  ふくれっつらに小籠包を冷ましながら頬張っている烈己は、すでに大澄の横から逃亡し、正面に座りなおしていた。 「だって、烈己が真っ直ぐだから可愛くて」 「可愛いを乱用すんな、アンタの言う可愛いはもう信じません」 「アンタっていうなよぉ〜」 「うるさいっ」 「本当だって、烈己みたいな裏のない子に会ったことなかったんだよ」 「ほんとは俺のことなんか内心馬鹿にしてるくせに」 「してないって本当に。生意気だなぁとは思ってたけど」 「おい!」 「だって、俺のこと初っ端から痴漢って決めつけるし、見合いの場でボロカス言うし?」 「そっ、れ……は、痴漢のことは反省してる。本当にあれはごめんなさい。けど、見合いでボロカス言ったのはそっちも同じだからねっ、それに写真展の時だって……」  烈己はあの時の傷が蘇るのか、それまで大澄を睨みつけていた強い瞳から突然力が抜け落ちる。 「──ごめん、あれは単なる俺の八つ当たりだった」  その言葉で弾けるように瞳を開いた烈己は、静かに大隅を見た。 「前にね、自分の淋しい場所を埋めるためだけに、人の人生を狂わせた酷い奴がいて、俺はそいつが今でも憎くてね」 「……大澄さんの元恋人?」 「いや」 「あんまり話したくない……?」 「うーん、折角だし今は美味しくご飯を食べていたいかな、ごめん」 「謝んないで、俺もたくさん酷いことしたし……」 「そんなことないよ、烈己は電車で怖い思いしたんだから、周りが見えなくても当然だよ……ってそのわりにはかなり元気だったかな?」 「ホラ、やっぱ馬鹿にしてるっ」 「そんなことないよ、腹は立ったけど楽しかったよ、あの時の言い争い」 「俺は全然楽しくなかった!」 「そうか、残念」  わざと大澄は意地悪く笑って、烈己が本気で沈むのを和らげてみせる。 「見合いの時も烈己はすごかったなぁ。嵐みたいに激しくてさ、初対面の年下にあんな風に殴られるとは思ってもみなかった」 「だからもうやめてってば」 「本当に烈己が初めてだよ。俺をちゃんと感情のある人間だって思い知らせてくれたのは」 「なにそれ……」 「真っ赤なイチゴを甘いと思って口に入れたら酸っぱいレモンの味がしたって感じ。あの時本当に目が覚めた」 「褒め言葉じゃない、絶対」 「褒め言葉だよ、烈己みたいな人はそうそう出会えない。国の仕事もたまには褒めれることがあったんだなって感動してる」 「やっぱ拗らせてるね、大澄さんは」 「そうだろう〜?」 「褒め言葉じゃないからね」 「いやいや、烈己が俺を理解してくれるのは俺にとってのご褒美だから」 「うっわ、マジヤバい人だ」  呆れて顔を歪めた烈己に、大澄は声を出して笑ってみせた。 「いい顔してるね」 「俺はちょっと今、国の仕事を疑ってる。なんかのミスじゃないかと思いはじめたよ」  少しげんなりした面持ちで烈己は視線を横へ流し、烏龍茶をチビチビと口に含んだ。 「いい顔」 「うるさいっ、俺の顔のことは良いから食べなさいっ」 「はーい」  大澄は子供のようにまっすぐな返事を寄越して、手元にある小籠包をレンゲの上で二つに裂いた。
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