six

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 烈己は大澄にやさしく抱きしめられながら、親友から受けた戒めの言葉を思い出していた──  αは野蛮な狼、簡単に噛ませるな、相手を見極めろ──あとは、なんだっけ……?  繰り返される熱いキスのたび、烈己の思考は次第にぼやけては動きを止める。 「大澄さん……は、良い狼……?」  幼い子供みたいにふわふわとした声と瞳で烈己は大澄を伺い、自分一人で支えきれなくなった体を大澄へと完全に預けきっていた。  困ったように眉を下げた大澄が、牙をしまった口元でどうにか弧を描く。  せっかく駅前で待ち合わせをした二人だったが、はやく二人きりになりたくて、タクシーを拾い大澄の住むマンションへと逃げ込んだ。  何も知らない純真無垢な烈己を突然部屋へ連れ込むような下衆の真似事だけはしたくないと思っていたのに、大澄は己の意志の弱さにほとほと呆れ、最早怒りすら湧いた。 「こんなとこで何やってんだろね……歩ける?」  玄関口で靴も脱がずに、理性を無くした学生同士のようなそれに大澄は小さく嘲笑を漏らすと、烈己の体をゆっくり解放した。  ヨロヨロと足元がおぼつかなかった烈己も、少しずつ真っ直ぐ自分の足で廊下を進み、大澄が促したリビングのソファへと腰掛ける。 「お腹空いたろ? すぐに何か作るよ、嫌いなものない?」離れがたそうに、大澄は後ろから烈己の髪へキスを落とし、やさしく肩を撫でた。 「いいの?」 「いいよ、もちろん。俺が烈己をさらったんだし」 「さらったとか、言うな」  小さな反抗と共に、すぐ赤くなる頬が隠れるように俯いた。  フライパンの上でチキンが焼ける耳触りの良い音を背中越しで聞きながら、烈己はぼんやりと部屋を見渡した。  烈己の思い描いていた相手の印象通り、部屋は綺麗に片付けられていて、無駄な物が何一つなかった。  少しだけイメージと違ったのは、家具のほとんどがウッド調で統一されていることだった。 「なんか……もっと白黒の部屋に住んでると思ってた……」 「ああ……、黒ってホコリが目立つでしょ。それに無機質なのってあんまり好きじゃないんだよね」 「ふぅん……ちょっと意外」  大澄は会話しながら茹でたジャガイモの皮を剥き、使い慣れた木べらを使って手際よく潰していく。湯気と共にジャガイモの良い香りが立ちこめ、烈己の鼻腔をくすぐった。  リビングでいたはずの烈己は、いつのまにかキッチンカウンターを挟んで立っていて、親の料理でも見つめる子供みたいな真っ直ぐな目で、大澄の手元をじっと眺めていた。いい加減それに耐えきれず、大澄は思わず吹き出した。 「なんで笑うんだよ」 「もう無理、あっち行ってテレビでも見てて。このままだと俺そのうち指切るわ」  むすりと膨らんだ頬をそのままに、烈己はリビングのソファへ大人しく戻り、言われた通りテレビをつけた。 「ソースはケチャップが良い? マスタード?」 「ケチャップ!」 「ふっ、やっぱり?」 「なんだよっ、子供っぽいとかまた言うんだろっ」 「ううん、烈己にはトマトのが似合うな〜って思ってさ」 「どんな言い訳だよ、もう」  それ以上怒るのも馬鹿馬鹿しくて、烈己は再び大澄に背を向けた。  初めて訪れる他人の部屋でこんな風に寛いで夕飯を待つなんて、なんだかものすごく不思議な感覚だった。  意識し始めたせいか、次第に心臓が弾み出してきて、落ち着かない烈己はそばにあったクッションを思わず抱きしめる。  そんなクッションからも大澄と同じ香りがして、烈己は動揺のあまり、危うくクッションを床へ叩きつけそうになった。  謎の気配を感じて大澄が不意に顔を上げると、なぜかクッション相手に一人で戦っている、小動物みたいな烈己の背中が視界に飛び込んできた。  大澄は瞬発的に大声で吹き出しそうになるのを、息を詰めに詰めて、どうにか未遂で終わらせた。
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