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夜だからと大澄は少し薄めのコーヒーを淹れ、それに口をつけながら、烈己はハァーと、ゆっくりため息を漏らした。
「美味しい。やっぱインスタントとは味が違うんだね〜」
ニコニコと疲れ知らずな微笑み爆弾を絶えず投下してくる烈己に、かなりの致命傷を受けながら、それでも大澄はどうにか残ったライフで強ばった笑顔を作り、応答する。
「大澄さんもしかして疲れてる? 待って、俺これ飲んだらすぐ帰るから」
慌ててマグカップを持ち上げようとする烈己の手を遮って、大澄は地鳴りみたいな低い雄叫びをあげ、烈己の体を後ろから抱きしめた。
「なになに、こわいこわいっ、声が怖いよっ、どっかバグった人みたいになってるよっ」
照れなどではなく、異常事態過ぎる大澄の姿に烈己は真剣に慄いていた。
「怖いのは〜お前だ〜っ、その200%の攻撃力どうにかしてくれ〜、夜の室内では35%くらいにしろ〜」
「なんの話してんのか全然わかんないんですけど……」
自身の肩に大澄が頭をぐりぐりすり寄せていて、普段見れない大澄の頭がすぐそばにあったので、考えるより先にその頭を自然と烈己は嬉しそうに撫でていた。
驚いた大澄が大きな目をして烈己を見る。
「ははっ、大澄さんの目、まん丸でおっきい」くしゃりと烈己の目尻に皺がよる。
「……だからぁ、もう〜っ」
無邪気に笑う赤い目尻にいい加減腹が立ち、大澄は再び牙を剥いた。
噛み付くみたいにキスされて、烈己はビクリと肩を揺らしたが、繋がれた手の温度ですぐに固くなりかけた心を解かした。
初めてした時より少し長めで、少し強めのキスも、烈己は怯えることなく素直に受け止めた。たまに苦しくなって眉を寄せると、すぐそばで微笑む大澄と目が合って、息とはまた別の苦しさが烈己の胸を締め付ける。
耳たぶを甘噛みされて、首筋を大澄の唇が降りてゆく。何一つ抵抗できずに烈己は必死に大澄の腰へ手を回し、シャツを握りしめる。
乱れれば乱れるほど、烈己の首筋からはΩ特有の甘い香りが立ち込め、大澄の理性を脅かした。
涙で瞳の滲んだ烈己は、与えられる刺激にただ耐えるのに必死で、自分が今、何をされていて、これからどうなるのか、考える余裕すらないようだった。
「お、おすみさん……、俺……」
烈己の細い声が、強く脈打つ血液の音を遮って、大澄の鼓膜へはっきりと届いた。
「ん……どした?」
やさしくその髪をすいて大澄は烈己の額へ口付ける。
「……あの、俺ね……、大澄さんが好きだよ……」
「うん……ありがとう。俺も烈己が好きだ」
「本当……?」
「うん、本当」
「じゃあ……俺たち……番になれる……?」
「──烈己は本当に俺でいいの?」
「俺……大澄さんがいいんだ、だから……、俺のこと……全部貰って……欲しい……」
これ以上はないくらい顔を赤くした烈己が、潤む瞳で精一杯の勇気を振り絞って告白する。
「すごく嬉しい──けど、もっとお互いを知ってからにしよう? 俺は烈己を大切にしたいから……」
「俺……じゃダメ? 女の人じゃないから? 子供っぽいから?」
「そうじゃない」
「待ってる間に大澄さんに好きな人ができたら俺……どうしたらいい?」
「そんなことにはならない、俺は烈己が好きだよ」
「そんなのわかんないじゃん! なんで俺じゃダメなの?」
「烈己……ダメだなんて言ってない。ただ俺には烈己に後悔してほしくない。今ある目の前の感情だけで簡単に許して欲しくない」
「簡単なんかじゃない! 簡単なんて言うなよ!」
烈己は思わず大澄の胸を強く叩いた。
「なんでそんな風に言うの? 俺の本気をなんだと思ってんの?! 俺がどんなに……っ」
さっきまで微笑んでいたその瞳は、今はひどく濡れていて、怒りと悲しみに満ちていた。
「烈己……」
「俺帰る……、ご飯、ご馳走様でした」
烈己はヨロヨロと体を起こして、大澄の腕の中から抜け出すと、早足で玄関へと向かった。
「待って烈己、俺は──」
伸ばされた手を振り払って、烈己は靴を履くのもそこそこにドアを開いた。
「烈己っ」
「うるさいっ、意気地なし!」
吊り上がった眉が大澄を睨んだ。
「大澄さんは結局怖いんだよ! 俺が初めてだから手が出せないんだ! もし自分の気持ちが変わった時、責任が取れないからっ、重いからっ、だから出来ないんだろっ」
「烈己……」
「俺は……大澄さんが本気で好きだから……、だからして欲しいと思ったのに……、大切にしたいなんて言っておきながら、今誰よりも俺を傷付けてるのは大澄さんじゃないか!」
烈己の瞳からは我慢できずに溢れた涙が、バラバラと零れ落ちた。
見えない何かが大澄の首を締め付けて、息を止める。それとと同時に、心臓が何かに掴まれたみたいに、潰れるほど激しく痛んだ。
エレベーターにまっすぐ向かう細い背中を、大澄は目で追う。
「烈己!」
廊下に大澄の通る声が響いて、烈己の肩が感電するように跳ねた。そして、ゆっくりと振り返る。
ドアから少し出ているだけの強い瞳をした大澄が、こちらを見ていて、ゆっくりと手を開いた。
「──おいで」
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