sept

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 烈己は大澄の手を取り、自ら腕の中へと滑り込んだ。大澄の腕の中にいるとすぐに心臓が早く鳴り出して、顔が熱くて……。恥ずかしいのに、すごく幸せで──これ以上のことをしたら、自分はどうなってしまうんだろうかと、烈己は改めて自らの提案を前に、緊張で体が強張るのを感じた。 「……烈己」 「はっはい!」  一瞬、大澄が口元を歪ませて笑いを堪えたのに烈己は気付き、目だけでジッと非難する。 「ゴホン……えっと、ね。俺重大な物が家にないことに気付いたから、近くのコンビニまでちょっと走って行ってくるね」 「……重大なもの?」  全くピンときていない烈己は首を傾げた。その純粋な瞳に見つめられているだけで、なぜか大澄は精神的なダメージを食らう。 「まぁ、とにかく……、ちょっとだけ出るからその間にシャワーするなりテレビ見るなりしてて」 「シャッ……、は、はい……」  烈己はあっという間に全身を赤く染めていて、大澄からはもう、つむじしか見えなかった。 「二十分くらいしたら戻ってくるから、少しゆっくりしてて」 「わかった……」  消えるような声で返事をされて、大澄は小さく笑うと烈己の頭へキスを落とす。身長差で仕方がないとはいえ、上目遣いで顔を上げた烈己に、大澄は腹の中の衝動を抑え殺して軽く口付けた。  大澄の姿が見えなくなり、玄関ドアが閉まる音と共に烈己は一気に脳味噌をフル回転させた。 「にっ二十分!」  烈己は慌てて着ているシャツに手を掛け、ピタリと動きを止めた。 「……二十分……? コンビニに行くのに? 長い……よね?」  そこでようやく烈己は時間の意味を知る。 「……大澄さんは、俺に冷静になって考える時間を与えてくれたんだ……」  大澄は烈己が感情的に暴走して、後悔してしまわないように、一人になって考える時間と猶予を与えた。  そして、その答えがどうなったとしても、大澄は決して責めも怒りもしないだろう。  自然と少しだけ冷静になれた烈己は腕時計に目をやり、大きく深呼吸する。  それでも、相変わらず心臓はいつもより早く打っていて、顔が未だ火照るのを感じた。 「……俺、いつの間にこんな大澄さんを好きになってたんだろう……。まだちょっとしか会ったこともないのに……。大澄さんが俺を諭すのもわかるかも……」 ──烈己は大澄の言うように、お互いの時間がまだまだ浅いのはわかっていた。  それでも自分はちゃんと本気で恋をしていて、この感情はどうやったって止めることの出来ない、決して刹那的なものでないことくらい、経験の浅い烈己自身でも理解していた。  烈己は短く息を吐くと、再びシャツの裾へ手を掛けた。 「わっ、お風呂大きい! 綺麗! あっ! 歯磨きしたかったぁ〜!」  浴室に入るなり色気とは無縁な烈己は、自分の赴く感情の全てを声にしていた。 「……こーいうところか、俺のダメなとこ……」  浴室に響いた声で思わず冷静になり、子供っぽい自分に辟易する。 「……ん? 待って、シャワーってどこまで洗うのが正解? 髪は違うよな……、え? 上がったら俺は裸で待つの……? パンツ! 履いてきたやつ履くの? ええっ?!」  突然パニックに陥った烈己は衝動的に、今一番助けを求めてはいけない親友へ気が付いたら電話してしまっていた。
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