neuf

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「うん。結婚しよって、番になろって……言ってくれた」 「嘘だろ、付き合ってまだ何日? えっ、あの電話の時初めてえっちしたばかりだよね?!」 「そう、だよ? だけど、言ってくれたから、俺もOKした……。この人と一生一緒にいたいって思ったから」 「早まりすぎだよっ、烈己! 初めての彼氏に頭の中お花畑になってるだけだよ、少しは冷静になりなっ」  向かい合って座り直した江は、烈己の両肩を掴んで前後に激しく揺らした。いつも穏やかで優しい瞳はすっかり色を変え、まるで何かに怒りを覚えようにして烈己を見据えている。 「なんで? 江俺に早く幸せになって欲しいって。俺の結婚には前向きだったじゃん」  烈己は親友の思わぬ反応にショックだったのか、眉を下げ、黒い瞳を揺らしながら悲嘆な声を上げた。 「そう……だけど、この間話していきなりの今日だったから……びっくりして……」 「俺もう決めたんだ。それにこの気持ちは絶対に変わらないって確信持てる」 「烈己、俺話したよね? 俺たちΩは一回噛まれたらそれで人生決まるって、αは皆狼なんだって、ちゃんと疑えって……その時間は? ちゃんとあったの?」 「俺は大澄さんを信じるってもう決めたの」 「何を信じんの? まだ会って何日かの人でしょ?」 「たくさん一緒にいれば相手がわかるの? 江は秀とクラスも違ったじゃん。告白されてから付き合うまで何日も掛けた?」 「生涯の番を決めるのと、学生が彼氏を決めるのは違うだろ」 「違わない。少なくとも秀は江を一生の相手だって思ってる。江だって本当は思ってるだろ? なのに俺には待てって言うの? 大澄さんが信じて良いαだって、いつ誰が決めてくれるの? 江なの? 違うでしょ? 誰を信じて、誰を番にするかは俺が決める」 「ねぇ、烈己……少しは冷静になって、お願いだから」  江はかつて親友に一度も見せたこともない青白い顔で、何かに怯えるように瞳を震わせ親友を見つめた。 「どうして江は俺の気持ちを否定するの? なんで?」 「否定してるわけじゃない……ただ前も言ったように俺は烈己に幸せになって欲しいだけ」 「大澄さんと番になるのはそれとは違うの? どうしてそれを江が決めるの?!」 「そうじゃなくて……」  自分を責めるように強い目をした親友の顔を直視できなくなった江は、それから逃れるように肩から手を退け、絨毯へと視線を落とした。   「烈己、落ち着け」  秀は烈己の横へと腰を下ろし、すっかり興奮して釣り上がってしまっている細い肩を撫でた。 「こいつはお前には特別過保護なんだ。それは今に始まったことじゃないだろ」  江はすっかり黙り込み、俯いてピクリとも動かなくなった。 「わかってる……。江が俺に──Ωになってほしくないと思ってることくらい」  烈己が放ったあまりにも冷たい言葉に、江は弾けるようにして青白い顔を上げた。 「烈っ……」 「いい、否定しなくて。俺だってお母さんの二の舞はごめんだと思ってるよ。実の息子である俺が一番思ってるよ」 「烈己……」  隣に座る秀からも渋く、苦い声が漏れた。 「大澄さんはちゃんと避妊してくれたよ、無責任な俺の父親とは違う。まあ、お母さんもひょっとしたら一緒になろうって言葉に騙されて俺を産んだのかもしれないけど……少なくとも俺は違う。番になるまで子供を産むつもりはない、そこまでの馬鹿じゃない」 「烈己もうやめてよっ」 「やめない! 俺は俺を否定される限り言うのをやめない! 江が俺の大切な親友だからこそ俺の本気をちゃんと知ってほしい!」 「烈己……」  昔から外で強がっている分、反動でたくさん傷付いて、たくさん泣いて──そんな親友が未だかつてない強い顔をして、自分を真っ直ぐ、射るように見つめている。  少し見ない間に変わってしまった、変えられてしまった。自分の知らないαの手で──こんなにもあっさりと……。  江はゆっくりと、心の整理をつけるための長い息を吐いた。 「……捨てられて泣いても知らないからね、慰めてなんてやらないから」  江は静かに、強く、自身の決意を最後まで皮肉めいた言葉に変えて親友へと告げた。  膝の上で丸められた白い手を‪烈己がそっと優しく包み、ようやく笑顔を見せた。 「──江にはそんなことできない。江は俺の唯一無二の親友で、家族みたいなもんだもん。俺が江に酷いことできないのと一緒。そんなのもう、とっくに知ってるよ?」 「なんなの、それ……腹立つ」  下唇を噛み締めた江の瞳から、最後まで我慢していた一粒の涙が、白い肌を伝って零れ落ちた。 「泣かないで、俺が秀に殺されちゃう」    烈己は穏やかに微笑みながら江の涙を拭い、優しく頬をさする。  いつも完璧な笑顔と怜悧な美貌で周りのすべてを蹴散らしてきた強靭な女王様みたいなΩ。  その実、愛する人には誰よりも情に熱くて、慈母のような溢れんばかりの深い愛を持つ──。 ──もうずっと前から烈己にとって、特別で、大切な、親友(家族)。 「烈己……」 「ん?」 「おめでとう……」 「うん、ありがとう」  烈己は顔を綻ばせながら親友の体に抱きつき、過去の悲しみたちにざまあみろと舌を出して、今あるすべての幸せたちに抗うことなく、ゆったりと溺れた。
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