neuf

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「可愛い、寝ちゃった。江」  結婚祝いなんて名目をつけて、親友はやけ酒に近いそれですっかりと泥酔し、今はソファで赤く染まった細い首筋をうなだらせて眠ってしまった。  烈己はその体へそっとタオルケットをかけてやり、赤い目尻にかかった前髪を優しくすいた。長い睫毛が時折ピクピクと動くのを微笑んで眺める。 「嵐みたいな奴だろ」  困ったような顔をして、隣に座る秀がポツリと告げた。 「俺ほどじゃないよ」 「確かに」 「コラ、この場合"そんなことないぞ"が模範解答だぞ」 「本当に?」  普段あまりユーモアな姿を見せることのない秀が、酒のせいなのか、珍しく口の端を上げて怪しい笑みを浮かべながら、じっと烈己の目の奥までを覗く。 「……もう、そんなことあるよ! 嘘ついた、ごめんなさい!」 「うちに来る時は大抵、お前は泣き喚いてる」 「わかった! わかったからもう黙れ」  烈己は無理矢理秀の口へ湯呑みを押し付け、強引に茶を勧める。 「結婚しても、うちへ来いよ?」 「え……」  烈己は驚きのあまり、啜りかけた茶を思わず溢しそうになる。 「ん?」 「いや、だって……俺、いつも秀たち二人の邪魔してたのに……」 「何言ってんだ、お前は。お前が来なけりゃこっちから行くだけの話だぞ」 「えっ」 「いちいち驚くなよ。俺がいつお前を怪訝に扱ったよ」 「扱ってないっ、そんなこと一切されてないよっ。だけど、秀は江との時間をもっと大切にしたいんだと思ってたから」 「思ってるよ、でもその時間にお前がいても構わないだろ。逆にそれじゃダメだったのか?」 「ううん……いい、全然良い。嬉しい、ありがとう秀。何でそんな男前なの、ヤバイ」  烈己の瞳はあっという間に潤んでいた。 「なんだよ、ヤバイって」  秀は声を弾けるようにして大きく笑った。 「だってぇ、そりゃ江も好きになるよ〜、秀ってホントに同い年? 落ち着いてるし、めっちゃしっかりしてるし、頼り甲斐あるし」 「なんだ、急に。誉め殺しか? 次はA5ランク国産牛肉でも持ってこいってか?」 「いいねぇ、牛肉! ステーキ? 焼肉?」 「お前が好きな方で良いよ」 「えー、どっちも大好き〜っ、決めらんない〜」 「らめぇ! 秀は俺のなのぉ!」  烈己が冗談ぶって猫撫で声を出すと、突然、二人の間にタオルケットのオバケが現れ、思わず烈己は反射的に声を上げる。 「ぎゃっ! びっくりした!」  ウイルスに感染したゾンビのように、いきなり起き上がってきた江相手に喫驚し、二人とも危うく湯呑みを投げるところだった。  秀は茶を溢さないようテーブルに湯呑みをゆっくり置くと、正面から抱きついてきた恋人を慣れた手つきで介抱する。  恐る恐る烈己がゾンビなる江の顔を伺うと、相変わらず長い睫毛は伏せられたままで、唇からは微かな寝息が漏れていた。 「寝て……る?」と、烈己が首を傾げると、秀は声には出さず頷いて返事を寄越した。 「秀は俺のだって、江ってほんとツンデレだよね」 「面倒くさい奴だろ?」 「またまたぁ、大好きなくせに」 「好きと面倒はまた別だろ」 「ハイハイ、ソーデスカ」  烈己は幸せそうに江の寝顔を眺め、大好きな二人の深い愛情を前に自然と顔が綻んだ。 「俺の憧れは二人だよ。何年も一緒にいて、ずっとお互いを思い合える二人が俺の理想」 「……俺はお前たちのが羨ましいけどな」 「え?」  烈己の視線が弾けるように秀へとスイッチする。 「お前はこの人だって決めて、番になることを選んだ。同じαとして俺はお前の番相手が羨ましい」 「秀……」 「結婚とか、恋人とは別の繋がり方に憧れてないなんて言ったら嘘になる。価値観の違いなんて言ったらそれまでだけど、それに俺がいつまで耐えられるのか……」 「秀、やめてっ……そんなこと江の前で言うな」 「本人にも何回も話したよ、俺たち何年付き合ってると思ってんだ」 「……そうだよね……、ごめん、俺なんかが口挟むことじゃなかった……」  烈己はすっかり肩を落とし、視線を足元の絨毯へと向けた。 「お前が結婚して、それに感化されたら嬉しいけど、多分無理だろうな。コイツ頑固が服着て歩いてるような奴だから」  秀は子供でもあやすみたいに、腕の中で眠る江の背中をポンポンと叩いて小さな頭を抱える。  烈己は視線を上げて、その優しげな表情で柔らかに恋人を抱きしめる秀を見つめた。  なぜだか、それを見ているだけで烈己は鼻の奥がジンとして、涙が出そうになった。  どうにか涙を堪えて烈己は鼻を啜り、眉を開いて真っ直ぐ秀を見据えた。 「待ってて、秀! 江が結婚したいって自分から言いたくなるくらい、俺がうんと幸せになってみせるから!」 「ははっ、期待しとくよ」 「その時のお礼はウニだからね!」 「OK、痛風になるまで食わせてやる」  秀は目を細めて笑いながら、指で大きくピースサインを作って明るく笑う烈己の頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。
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