onze

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 江は握り拳に込めた殺意を押し殺すことが出来なかった。 「江の忠告がまんまと的中した。俺ってやっぱダメなΩだよな、もう自分でも呆れて笑っちゃう」 「烈己はダメなんかじゃないっ! 烈己をダメなんて言う奴がこの世にいるならそいつら全員殺してやる!」 「ちょ……落ち着いてよ、江……」 「落ち着けるわけないだろ! ふざけやがって!! 烈己を傷付けるなんて絶対許さない!! 許さないっ殺してやるっ!!」 「江お願いだから落ち着いてって! ねぇ、秀も止めてよ」 「無理。コイツはお前のことになると止められない」  秀は至って冷静な声色で首を横に振ると、自身が淹れた茶を一人優雅に啜った。  絶望の眼差しでそれを眺め、烈己は江へと再び向き合った。 「江、あのね、大澄さんは俺がお母さんの息子だってきっと知らなかったんだよ。でなきゃモノ好きにもほどかあるだろ? 俺も同じでさ、事故現場にいた人が大澄さんのお兄さんだなんて知りもしなかったし、事故現場にもう一人いたことすらこの三年間知らなかったんだから」 「だったら何? 知らなかったら黙っていなくなってもいいわけ? 連絡のひとつも寄越さないでいいの? ありえないよ!」 「じゃあなんて言うの? 自分の兄があなたの母親の事故に関わってたけど今朝までそのことを知りませんでした。さすがに気まずいので今すぐ別れましょうって?」    冷静に言葉を返す烈己に江が思わず尻込み、口をつぐんだ。下がった眉の江をやさしく見つめながら烈己は再び微笑んでみせる。 「ありがとう、江。いつもいつも俺を大切に思ってくれて本当に感謝してる。江がいなかったら俺今頃生きてないのわかるもん。お母さんが死んだあの時から、江がいるから俺はどうにか生きてこられたんだよ。俺がαだったら絶対江を番にする」 「コラ」と秀が烈己の頭をつつく。 「アハハ、珍しく秀が怒った」  秀はため息をひとつ溢すと立ち上がり、烈己を見下ろし、その頭をやさしく撫でた。 「何が食べたい? どうせロクなもん食ってないんだろう。俺はお前に飯を作るくらいしか出来ないからな。作り終わるまでにこの部屋二人で綺麗にしてろ」 「へへ、秀もありがと! エラソーなこと言ってごめんね、ウニはしばらくお預けみたい」 「それまでちゃんと貯金しとくから心配すんな」 「ウニ? 何の話?」と江が首を傾げる。 「秘密」と二人同時に笑顔で返されて、江のピンク色のほっぺがぷうと膨らんだ。 「やだぁーっ、なんで俺だけハブんのお? ヤダヤダっ俺も混ぜろぉ〜っ」 「痛いよ江っ、そんな強く抱きつかないでっ」 「お前わざとやってるだろう」と、呆れた秀が静かに目を細めた。 ──ああ、そうだ。これが俺の日常だった。  烈己はふっと親友たちの姿を目で追った。  大丈夫、心配ない。二人がいるなら頑張れる。  俺はきっと頑張れる。  だからね、大澄さん──  俺はあなたへの想いを捨てることにするよ。  どれだけ時間がかかっても、どれだけ苦しんだとしても忘れてみせる。  だから──  もし、あなたが俺や母や、あなたのお兄さんのことで苦しむことがあったのならどうか捨てて、忘れて。  俺のお母さんもあなたのお兄さんももうこの世にはいない。いない人のことを悔やんでもどうしようもないことをきっと俺たちはもう知ってる。そうでしょう?  あなたの愛を疑ったことはない。あれはきっと本物だった。少なくとも俺はそう信じてる。  あなたに貰ったたくさんの愛も、言葉も全部全部捨てるけど、二人が過ごした時間は真実で、消えることはないから──。真実は絶対で、俺たちが忘れてもそこに存在し続ける。   ──ああ、だけど叶うなら……せめてあなたにサヨナラを言いたかった。
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