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松本は立ち上がり、障子を開けた。欄干の下はすぐ池が広がっている。
「御覧なさい。美しいでしょう」
部屋の灯りが池に差し込み、餌をもらえると思って集まってきた錦鯉たちを不気味に照らす。
錦鯉たちのきらめく鱗と、影になっている松本の顔の恍惚として満足気な笑みと、暗いなかで光る眼と。
ほろ酔いのせいか、やけに現実味のない光景に見える。気味が悪くて、不快な景色。口のなかに残る鯉のぬめり。
なにかが狂ってしまったのかもしれない。たがが外れてしまうほどに、浮世離れした夜だ、今夜は。
横瀬はなにも言わずに、松本の背を押して欄干から池に突き落とした。大きな水音がして、松本の「この世のものとも思えない」叫び声が響いていた。
横瀬はそれを聴きながら、日本酒を一口で飲み干すと、黙って部屋をあとにした。
≪了≫
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