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会食
横瀬はもう小一時間も松本の話を聞いている。金色のヘリの畳の敷かれた、料亭のごとき日本家屋で、掛け軸を背にした松本の話を聞いている。
座敷のローテーブルの上には、長野が出身であるという松本の好きな鯉料理が並ぶ。鯉の姿焼きや刺身、鯉の洗いや汁物の鯉こくなど、テーブルの上は鯉尽くしだ。
「千曲川で獲れた鯉は臭みがないでしょう」
松本はそう言った。
確かにほのかに甘い白身魚という感じで、思っていたより食べやすいが、横瀬はそれとは別に、なんというでもない不愉快な感覚に襲われていた。
先達てから聞かされている松本の話のせいなのか。それとも、障子の向こうの日本庭園から聞こえる、夜の闇にときおり跳ねる錦鯉たちの立てる水音のせいか。
松本の話というのは、要約すれば「現代人は生物としての礼節を欠いてしまった」ということであった。
食べるために動植物を飼育し、殺し、解体し、綺麗にパッケージングして店頭に並べる。すべてが分業であり、末端で消費する者はそれが命であったという認識すらない。
命を頂いて我が身の命に替えるのだから、奪われる命の苦しみを請け負わなくては道理に合わない。
横瀬は、松本の言うことは正しいと思う。だからなぜ自分がこんなにも不快な気分になってしまうのか、測りかねていた。
松本は言う。自分は「奪われる命の苦しみを請け負うことを忘れない」ために、狩猟をしているのだと。
松本は猟銃を携えて山を歩き、度々狩りを行っているのだ。
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