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■1 戸喫のナンチャラ
巨大モンスターのゲージを残り10%まで削ったところだった。
唐突に、ゲーミングPCの画面が暗くなった。
ゲームが、落ちた。
よりによって、何故このタイミングなのか。
葵が、ほぼ日課のようにやっている、オンラインゲーム、”Chara-hurray”。
今やっていたのは、期間限定アイテムの最高難度のクエストで、かなり貴重なチャンスのイベントだった。
「嘘嘘嘘嘘…!」
嫌な汗が出る。
それを手の甲で拭いながら、何度も繰り返し、ログインを試みる。
PCも何度か再起動してみたが、状況はまったく変わらない。
そのうちに、そもそもゲーム自体にアクセスできなくなった。
それでも諦めきれずに10分ほどそれを繰り返していると、ようやく、スタート画面が表示された。
が、そこに書かれていたのは残念なことに、太く真っ赤なフォントで大きく書かれた、『緊急メンテナンス中』という文字だけだった。
思えば確かに、ここのところ、サーバがやけに不安定だったり、細かなバグが見つかって修正パッチが配布されたりして、不具合続きではあった。
しかしここまで深刻になっているとは、思ってもみなかった。
「あーあーあーあーっ!」
葵はとうとう、コントローラーを放り投げながら叫んだ。
「マジか…」
ゲーミングチェアの高い背もたれに身体を預け、天井を仰ぎながらボヤく。
長時間、集中して画面を見ていたせいで、いつの間にか凝り固まっていた目の周囲を、指で揉んだ。
すこしでも気を落ち着かせるためだ。
冗談がきつい。
ここまで、完全拒絶状態なのを見ると、復旧に時間が相当かかりそうなうえ、それが済んだ後も怖い。
この様子だと、最悪、復旧はしたが、直前のクエスト途中のデータは復元できませんでした、となってる可能性がある。
しかも、今までの経験から言って、このゲームの運営の過去のやり方を思い返すと、その可能性は五分五分と、けっこう高い。
今やっていたバトルは無効とされることは、充分あり得る。
となると、もうすぐ年に一度恒例の一大イベントを控えて、キャラ育成に大きく関わるアイテムを取ろうと四苦八苦していた手間暇が、全て水の泡になってしまう。
テンションが下がるのが当たり前というものだ。
「はぁ…」
改めて深いため息をつきながら、ヘッドセットを外した。
しばらく脱力してぼんやりと画面を見ていたが、一向に『緊急メンテナンス中』の文字が消える気配はない。
「あーあ。やってらんない」
ぶつぶつ言いながら壁時計に目をやると、夜の10時を回っていた。
もう6時間近く、プレイしていたようだった。
モニター横に置いてある充電器に挿していたスマホを見ると、母の明希からのメッセージがある。
『今日も遅くなる。ご飯1人で食べて』
7時頃の夕飯時に届いていたのに、ゲームをしていたせいで気づいていなかった。
実は、かなりお腹が減っていた。
ゲームに集中していたせいで、今の今まで気にならなかったのに、メッセージを読んだ途端、一気に空腹感が押し寄せてきた。
こうなったら、しかたない。
これ以上、いつメンテナンスが終わるか分からないゲームの画面をずっと見ていても、不毛なだけだ。
本当は一緒にパーティを組んでいた連中にも一度連絡したかったが、ゲーム内チャットでしか交流していない相手ばかりだったので、今は、それも無理だった。
なにより、ゲームのにぎやかな世界に没入していたのが急にシャットアウトされると、家に独りきりでいる静けさが、なんだか居心地悪い。
それで、気分転換がてら、コンビニで弁当でも買いに行くことにした。
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