■1 戸喫のナンチャラ

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こんな風に、夕食を1人で済ますのは、いつものことだった。 葵の両親は夫婦で小規模な輸入会社を経営していて、いつも忙しくしている。 ビジネス相手も日本時間とは限らない相手が多いので、どうも不規則な就業時間にもなりがちだ。 親子と言っても、高校生の葵とは生活パターンがズレにズレていて、なかなか一致しない。 それで、こういう時の食費や急な入用の買い物のために、あらかじめプリペイドカードを渡されていた。 一定額の上限が決まっているものだ。 それをポケットに突っ込み、出かけようとした時だった。 ガツンッ、バキンッ、という大きな音が、葵の部屋のすぐ外にあるルーフテラスから聞こえて来た。 なにかが飛んできたのかと思った。 風が強い日には、上階のベランダから洗濯物やハンガーが飛んできたりすることはよくある。 管理人室に届けておけば、持ち主に返しておいてくれるので、いつも持っていくようにしていた。 今日はそれほど風が強いわけでもなかったが、なにかの拍子に落ちてしまったのだろう。 今回収しておけば、出かけるついでにマンションのエントランスにある管理人室に預けておけるだろう、と思い、テラスに出た。 でも、特になにかが落ちている様子はない。 どこか他の場所へ飛んで行ってしまったのだろうと思って、室内に戻ろうとする。 そのとき、壁際に置いてあるベンチの陰に、なにかがいるのに気づいた。 用心しながらそっと近づいてみると、ベンチの奥の陰に、ガリガリに痩せた三毛猫が身を隠しながら横たわっていた。 どこか怪我をしているらしく、ぐったりとしている。 血の臭いも鼻についた。 どこから紛れ込んできたのか分からない。 さっきのバタバタした音も、この猫のせいかともいったん思った。 ただ、単に紛れ込んできた時にたてた音にしては、大がかり過ぎた気もする。 そもそも、猫はあまり物音をたてないで行動するはずだ。 ただとにかく、ベンチの陰に身を潜めているせいで、よく見えない。 部屋から懐中電灯を取って来て、直接照らすと眩しくて警戒させると思ったので、すこし手前あたりの床に光を当てて、覗き込んだ。 猫はかなり弱っている様子だった。 それでも、こちらを睨みつけている。 毛並みはあまりよくないようで、見た目は野良猫っぽかった。 ただ、ここはマンションの12階で、地上の道にいるのが普通の野良猫が、こんなところまで入り込んでくることは、あまり考えられない。 となると、どこかの家の飼い猫じゃないかと思うのだが、それにしては痩せすぎている。 それに、飼い猫なら、縄張り争いのケンカをする必要もないだろうに、こんな大怪我をするのも謎だ。 そんなふうに、疑問は沢山あったが、見ているあいだにも、床の血はどんどん広がってきている。
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