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「痛い!」
思わず叫んだ声が、虚しく響く。
今いる場所は、15階建て、各階20戸ほどあるマンションのちょうど前あたりだった。
このマンションはあまりにも大規模すぎて、建物じたいがまるで巨大な壁のような印象だ。
しかもこの時間帯だと、外に出ている住人もいないから、各戸のドアが並んでいる共用廊下と、建物正面の公園風の公開スペースの灯りだけが煌々としているのに、人間たちの息遣いがなにも感じられない。
おそらく防音もしっかりしているせいで、当然、生活音が外にまで聞こえてくることもない。
実は誰も住んでいないんです、と言われたらうっかり信じてしまいそうな、ある種の異空間のようですらあった。
その空間に助けを求めることは、あまりにも期待薄な気もする。
周りを取り巻く建物の中には、確実に多くの人々がいるというのに、絶望的に取り残されている気分に、背筋が寒くなった。
それでも、諦めず叫び続けていれば、誰かが気づいてくれるかもしれなかったが、そもそも叫ぶことに慣れていないうえに、何度も離れてはぶつかってくるドローンを腕で払おうとすることに気を取られて、声を出す余裕がどんどんなくなってくる。
結局、息遣い以外はほぼ無言の状態で、必死にドローンを手で払おうとするが、効果はない。
というか、機体の硬いプラスチックが当たってひたすら腕が痛い。
このままでは、こちらにばかりダメージが出る感じで、キリがない。
そこで思いつきで、弁当の入った袋をぶんぶん振り回してみた。
なにかの映画で、袋に石を入れて振り回す即席の武器を作っているシーンを見たことがあったからだ。
しかし、すぐにその考えが甘かったことがわかった。
重量も心もとないし、そもそも、訓練もなにもしたことがない人間が、常に動いている相手に上手くぶつけられる訳もない。
挙げ句、そのうちに持ち手がすっぽ抜けて、あらぬ方向へと、袋ごと飛んでいってしまった。
これで、なかなかに絶望的な気持ちになった。
なんでこんな目に会わなくてはいけないのか。
だいたい、自分は恨みを買うような人間じゃない。
学校ではかなり地味寄りのスクールカーストに属しているし、私生活においてはゲームと猫動画漁りが趣味の、どこにも波風立たないことしかしていない。
誰がどんな気持ちでこちらを狙っているのか、見当もつかなかった。
でも、訊きたくても、ドローンを送ってきている人間が近くにいる気配もなかった。
これはもうとにかく、逃げるしかない。
それで、ドローンの動きの一瞬の隙を狙って、葵は走り出した。
しかしすぐに追われ、さっきまでは身体にぶつかってきていたのが、今度は方針が変わったのか、頭にぶつかってきた。
それの何度目かで、当たりどころが悪く軽い脳震盪でも起こしたのか、急に目の前が暗くなった。
ああ、もう駄目だ、そう思い、地面に座り込んでしまったそのときだった。
目の前に、なにかが飛び出してきた。
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