ギャップは恋の入り口

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* * * *   体育館に入った時、やけにみんなが盛り上がっていた。何事かと思って見てみれば、メンバーたちの真ん中で徳香が珍しくテンパっている。顔面蒼白にして、開いた口が塞がらなくなっている徳香を見たのは初めてだった。  徳香が俺に気付いて助けを求めるような目をしたが、さすがにここではまずいと思ったのか、すぐに視線を逸らす。 「何があったんですか?」  目の前にいたメンバーの男性に尋ねると、その人は興奮したように鼻息を荒くして答える。 「小野寺さんって学生時代に新体操やってたらしくて、今から披露してくれるんだって! 東京都で三位だってさ。すごいよな〜!」  新体操? そんなこと初めて聞いた。へぇ、俺もちょっと興味がある。 「でも久しぶりだし……」 「軽くでいいよ! 怪我したら危ないしね」  あぁ、そうだよ。急に不安になる。大丈夫なのか? 「ほら、ちょうどバスケットボールもあるよ」 「いや、それじゃあ怪我しますから」  おいっ! 誰だよ、そんな馬鹿みたいな発言する奴は。  信久は睨みつけるように辺りを見回す。その間に徳香がため息をつくのが見えた。 「じゃあちょっとだけですよ。あの……誰かスピーカーとかありますか? 音楽に合わせたいので……」 「あっ、俺持ってるよ」  スピーカーとスマホを連動させようとした徳香のそばに信久は駆け寄る。 「俺がやるよ」 「ありがとう」  徳香の顔を見た信久は思わず目を疑った。安心したような表情にドキッとする。いつも自信満々な感じなのに、珍しく気弱になってるようだった。 「大丈夫か?」 「うん、大丈夫」  小声で話しかけると、いつもの徳香に戻ったように見えた。 「私が合図したらこの音楽をかけてくれる?」 「了解」  誤解されないようにっていうのはわかってる。でも何かしたくてつい肩を軽く叩いた。すると徳香は小さく頷き微笑んだ。  体育館の真ん中へと小走りで行くと、徳香は立ち止まって深呼吸をする。今まで賑やかだったメンバーたちも、空気を感じ取って静かになった。 「エアボールでやりますからね〜! ボールがあるつもりですから!」  徳香は床に膝をつくと首をそっと傾け、信久を見て頷いた。その合図を受け、信久はスマホの画面に指を触れる。  クラシックの音楽が流れ始め、徳香が滑らかに体を回しながら立ち上がった。軽やかにステップを踏み、ジャンプをする時の体のラインの美しさに信久は息を飲んだ。  これがいつもの徳香? 魅惑的な表情の中に見せる笑顔、柔軟に動く体……こんな徳香は見たことがなかった。  信久は思わずカメラを構える。衝動の赴くまま、呼吸も忘れてシャッターを押し続けた。  音楽が終わり、鳴り止まない拍手の音で信久はようやく我に返る。  徳香の周りをメンバーたちが囲み、中心では徳香が照れ笑いを浮かべているのが見えたが、信久はそこへは行けずにいた。  このドキドキは一体なんだ……? 息が苦しくて、胸の鼓動がおさまらない。顔が熱くて仕方ない。  信久は立ち尽くしたまま胸を手で押さえ、深呼吸を繰り返した。
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