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体育館に入った時、やけにみんなが盛り上がっていた。何事かと思って見てみれば、メンバーたちの真ん中で徳香が珍しくテンパっている。顔面蒼白にして、開いた口が塞がらなくなっている徳香を見たのは初めてだった。
徳香が俺に気付いて助けを求めるような目をしたが、さすがにここではまずいと思ったのか、すぐに視線を逸らす。
「何があったんですか?」
目の前にいたメンバーの男性に尋ねると、その人は興奮したように鼻息を荒くして答える。
「小野寺さんって学生時代に新体操やってたらしくて、今から披露してくれるんだって! 東京都で三位だってさ。すごいよな〜!」
新体操? そんなこと初めて聞いた。へぇ、俺もちょっと興味がある。
「でも久しぶりだし……」
「軽くでいいよ! 怪我したら危ないしね」
あぁ、そうだよ。急に不安になる。大丈夫なのか?
「ほら、ちょうどバスケットボールもあるよ」
「いや、それじゃあ怪我しますから」
おいっ! 誰だよ、そんな馬鹿みたいな発言する奴は。
信久は睨みつけるように辺りを見回す。その間に徳香がため息をつくのが見えた。
「じゃあちょっとだけですよ。あの……誰かスピーカーとかありますか? 音楽に合わせたいので……」
「あっ、俺持ってるよ」
スピーカーとスマホを連動させようとした徳香のそばに信久は駆け寄る。
「俺がやるよ」
「ありがとう」
徳香の顔を見た信久は思わず目を疑った。安心したような表情にドキッとする。いつも自信満々な感じなのに、珍しく気弱になってるようだった。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
小声で話しかけると、いつもの徳香に戻ったように見えた。
「私が合図したらこの音楽をかけてくれる?」
「了解」
誤解されないようにっていうのはわかってる。でも何かしたくてつい肩を軽く叩いた。すると徳香は小さく頷き微笑んだ。
体育館の真ん中へと小走りで行くと、徳香は立ち止まって深呼吸をする。今まで賑やかだったメンバーたちも、空気を感じ取って静かになった。
「エアボールでやりますからね〜! ボールがあるつもりですから!」
徳香は床に膝をつくと首をそっと傾け、信久を見て頷いた。その合図を受け、信久はスマホの画面に指を触れる。
クラシックの音楽が流れ始め、徳香が滑らかに体を回しながら立ち上がった。軽やかにステップを踏み、ジャンプをする時の体のラインの美しさに信久は息を飲んだ。
これがいつもの徳香? 魅惑的な表情の中に見せる笑顔、柔軟に動く体……こんな徳香は見たことがなかった。
信久は思わずカメラを構える。衝動の赴くまま、呼吸も忘れてシャッターを押し続けた。
音楽が終わり、鳴り止まない拍手の音で信久はようやく我に返る。
徳香の周りをメンバーたちが囲み、中心では徳香が照れ笑いを浮かべているのが見えたが、信久はそこへは行けずにいた。
このドキドキは一体なんだ……? 息が苦しくて、胸の鼓動がおさまらない。顔が熱くて仕方ない。
信久は立ち尽くしたまま胸を手で押さえ、深呼吸を繰り返した。
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