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「今日は小野寺ちゃんの健闘を祝しての飲み会だ〜!」
「いえ、あしたも仕事だから帰りますよ。二日酔いの先生なんてシャレになりませんからね」
やけに盛り上がるメンバーに笑顔でお断りを入れ、徳香は帰りの準備を始める。
今日はいつも以上に疲れた。新体操を披露する羽目になって、体力だけならず気力も奪われてしまったのだ。
それにあの後から信久と目が合わなくなった。お礼が言いたかったのに、スマホを杏に預けていなくなってしまったし、何故かその後ずっとカメラを構えたまま離そうとしないのだ。
私の新体操なんかより、長崎さんの写真が撮りたいわけね。まぁいいけど。
その時に帰ろうとしていた修司の姿を見つけて、徳香は思わず舞い上がってした。めいっぱい猫をかぶって彼の元へ駆け寄る。
「笹原さん! お疲れ様でした!」
修司は紀香を見つけると、優しく微笑んだ。
「おっ、今日の主役の登場だ」
「主役だなんて……!」
「いや、でも本当にすごかったよ! 新体操を間近で見たのって初めてだったから感動したよ」
褒められたことが嬉しくて、ついニヤけてしまう。
「飲み会は行くの?」
「あっ……いや、明日も仕事なので今日は帰ります。笹原さんは行かれるんですか?」
「いや、俺も今日は帰るよ。明日は大事な会議があるし。じゃあお疲れ様」
「はいっ、お疲れ様でした!」
せっかく話せたのに、どうして会話が長続きしないんだろう。振り返らずに行ってしまう背中が悲しい……。
修司の背中を見送っていると、突然彼が走り出す。その先には杏がいた。修司は杏に声をかけると、二人で何かを話しながら歩いて行ってしまった。
徳香は肩を落とす。私には手を振って別れるのに、長崎さんとは一緒に帰るんだもんね……。
気が付けば、体育館には数人しか残っていなかった。気を取り直して荷物を取りに戻ろうとした時、誰かが徳香の肩を叩いた。
「信久……」
名前を口にして、慌てて口を手で押さえる。しかし信久は何の反応も示さない。
「大丈夫。もうみんな帰ったから、気にしなくていいよ」
「そっか……」
「ほら、荷物」
信久は手に持っていた徳香の荷物を手渡す。
「元気ないな。まぁ笹原さんが長崎さんを好きなことはわかってるんだから、フラれたからって落ち込むことはないよ」
「まだフラれてません!」
信久は笑顔で徳香を見下ろしている。その笑顔に、徳香の心は癒される。
「そうよね……落ち込んでも仕方ない。もう少し頑張る!」
「それでこそ徳香。じゃあ俺たちも帰ろうか」
「……体育館から二人で帰るなんて初めてだよね。あっ、でも駅に誰かいたらどうする?」
「別に。サークルメンバーが一緒に帰るくらい、よくあることじゃない?」
「あー……そうだね……」
あれ、考え方が変わった? 前は友達だってことすらバレたくなさそうだったのに。私のことをちゃんと友達と認めてくれたってことだろうか。
同じ路線だもん。仲良くなったっておかしな話ではないよね。
徳香は信久の隣に並んで歩き出す。誰かがそばにいてくれることがこんなに安心出来るなんて、久しぶりに感じていた。
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