ギャップは恋の入り口

4/4
前へ
/86ページ
次へ
 ホームで電車を待ちながら、徳香はハッとして信久のジャージの裾を引っ張る。 「あのさ、さっきはありがとう。ちょっとテンパってたから、信久が声をかけてくれて安心したのよ」  ただお礼を言うだけなのに、どこか照れ臭い。だからわざと顔を逸らした。 「信久ってば、あの後ずっと長崎さんの写真ばっかり撮ってたから、お礼を言うタイミングを逃しちゃったよ」 「えっ……あぁ、ごめん」  電車が到着し、徳香を先頭に乗り込む。空いていた席に徳香が座り、その隣に信久も腰を下ろす。 「これからはこうやって一緒に帰れるね」 「そんなこと言って、笹原さんに誤解されても知らないよ」 「えっ、友達なんだからアリじゃないの?」 「……誤解されない程度ならね」 「それはお互い様でしょ?」  徳香が笑うと、信久は困ったように下を向いた。その反応が今までに見たことのないものだったので、徳香は戸惑った。私、何かまずいこと言った? 「今日徳香の新しい一面を見てさ、なんかびっくりしたんだ。本当にすごかった……というか、すごく綺麗だった」 「いやだ……なんかやけに素直じゃない……。でも嬉しいな。ありがとう」 「いつまでやってたの?」 「高校生まで。インターハイに行くのが夢だったんだけど、それが叶わなくて諦めたの。だから今日は本当に久しぶりでドキドキしちゃった」  指に髪を絡めながら、あの夏の記憶に想いを馳せる。インターハイに行けなかったら新体操をやめる、そう思って臨んだ大会で結果を出せなかった。  でも今は子どもたちと体を動かすのが楽しいし、全て無駄になったわけじゃない。ちゃんと私の中に生きている。 「あのさ」  信久は下を向いたまま体を徳香の方へ向ける。 「徳香の写真、撮ってもいい?」 「……はい?」 「今日新体操を見て気付いたんだよ。徳香ってめちゃくちゃスタイル良いし、顔も可愛い。被写体としてすごく魅力的だってこと」 「な、何それ……ま、まさか、グラビアとか⁈」 「えっ、脱いでくれるの?」 「ぬ、脱ぐわけないじゃない!」 「……あはは! そんなのわかってるって。そうじゃなくて、二人でいる時とかさ、徳香の写真撮っていい?」  信久の顔は至って真剣だった。ふざけて言っているわけじゃないなら、断る理由は見当たらない。でも急にそんなことを言われたら、どこか照れ臭いし戸惑う。 「長崎さんの写真を撮ればいいじゃない……」 「もちろん長崎さんも撮るよ。でも徳香の写真も撮りたいって思ったんだ」 「……変な写真は撮らないって約束してよ」 「変な写真は撮らない、約束する」  そんな約束しなくたって、元々信久のことは信頼してる。スタイル良いとか可愛いとか、言ってることは意味わかんないけど、って思ってる自分もおかしいのかな。 「……じゃあいいよ」  徳香が答えると、信久は嬉しそうにガッツポーズをした。  でも私なんか撮って楽しいの? 徳香は信久の真意がわからず、困ったような笑顔を向けた。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

509人が本棚に入れています
本棚に追加