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ホームで電車を待ちながら、徳香はハッとして信久のジャージの裾を引っ張る。
「あのさ、さっきはありがとう。ちょっとテンパってたから、信久が声をかけてくれて安心したのよ」
ただお礼を言うだけなのに、どこか照れ臭い。だからわざと顔を逸らした。
「信久ってば、あの後ずっと長崎さんの写真ばっかり撮ってたから、お礼を言うタイミングを逃しちゃったよ」
「えっ……あぁ、ごめん」
電車が到着し、徳香を先頭に乗り込む。空いていた席に徳香が座り、その隣に信久も腰を下ろす。
「これからはこうやって一緒に帰れるね」
「そんなこと言って、笹原さんに誤解されても知らないよ」
「えっ、友達なんだからアリじゃないの?」
「……誤解されない程度ならね」
「それはお互い様でしょ?」
徳香が笑うと、信久は困ったように下を向いた。その反応が今までに見たことのないものだったので、徳香は戸惑った。私、何かまずいこと言った?
「今日徳香の新しい一面を見てさ、なんかびっくりしたんだ。本当にすごかった……というか、すごく綺麗だった」
「いやだ……なんかやけに素直じゃない……。でも嬉しいな。ありがとう」
「いつまでやってたの?」
「高校生まで。インターハイに行くのが夢だったんだけど、それが叶わなくて諦めたの。だから今日は本当に久しぶりでドキドキしちゃった」
指に髪を絡めながら、あの夏の記憶に想いを馳せる。インターハイに行けなかったら新体操をやめる、そう思って臨んだ大会で結果を出せなかった。
でも今は子どもたちと体を動かすのが楽しいし、全て無駄になったわけじゃない。ちゃんと私の中に生きている。
「あのさ」
信久は下を向いたまま体を徳香の方へ向ける。
「徳香の写真、撮ってもいい?」
「……はい?」
「今日新体操を見て気付いたんだよ。徳香ってめちゃくちゃスタイル良いし、顔も可愛い。被写体としてすごく魅力的だってこと」
「な、何それ……ま、まさか、グラビアとか⁈」
「えっ、脱いでくれるの?」
「ぬ、脱ぐわけないじゃない!」
「……あはは! そんなのわかってるって。そうじゃなくて、二人でいる時とかさ、徳香の写真撮っていい?」
信久の顔は至って真剣だった。ふざけて言っているわけじゃないなら、断る理由は見当たらない。でも急にそんなことを言われたら、どこか照れ臭いし戸惑う。
「長崎さんの写真を撮ればいいじゃない……」
「もちろん長崎さんも撮るよ。でも徳香の写真も撮りたいって思ったんだ」
「……変な写真は撮らないって約束してよ」
「変な写真は撮らない、約束する」
そんな約束しなくたって、元々信久のことは信頼してる。スタイル良いとか可愛いとか、言ってることは意味わかんないけど、信久ならって思ってる自分もおかしいのかな。
「……じゃあいいよ」
徳香が答えると、信久は嬉しそうにガッツポーズをした。
でも私なんか撮って楽しいの? 徳香は信久の真意がわからず、困ったような笑顔を向けた。
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