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* * * *
助手席に座る徳香は、いつにも増して上機嫌だった。お菓子をたくさん買い込み、飲み物も数本持参している。
「ドライブって久しぶりだから、ちょっと遠足気分で来ちゃった!」
下ろした髪は緩くウェーブがかかり、パフスリーブのTシャツとのバランスが絶妙だった。
おかしいな……電車でだって隣に座っているのに、なんだか今日は緊張してしまう。あぁ、そうか。車という個室だからか!
「で、でもさ、幼稚園で遠足なんて行き慣れてるんじゃない?」
「それが違うのよ〜! 自分が行く側の遠足はワクワクするけど、仕事として引率するのはヒヤヒヤするの。何かあったら大変でしょ?」
「なるほど」
窓の外を眺める徳香の顔をミラー越しに見つめる。気持ち良さそうに微笑む彼女を見ていると、誘って良かったと思えてくる。
「で、今日はどこに行く予定なの?」
「最初に足利織姫神社に行って、その後にフラワーパークに行く予定」
すると徳香の目が輝く。
「映画ロケ地の聖地、足利⁈ 嬉しすぎる〜!」
「それは良かった」
「趣味が一緒だとこういうことが分かち合えるからいいよね」
嬉しそうな徳香の顔を見れば、信久も胸が温かくなる。やっぱり徳香と一緒にいる時間は楽しい。
「飲み物くれる?」
「何がいい? コーヒー? お茶? ジュース?」
「じゃあお茶で」
徳香はキャップの蓋を外すと、信久に手渡す。その時二人の指先が触れ合い、信久は体に電流が走ったかのような感覚に陥る。しかしそれは信久だけで、徳香は何とも感じていないようだった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
まだ指先が熱い。ドキドキしてるのは俺だけ。本当に厄介だ。
「そういえば会社で長崎さんと話したりするの?」
急に話題を振られ、答えを考えることで冷静さを取り戻していく。
「いや、ほとんどないかな。時々社食で会った時くらい。部署が違うからそもそも会わないしね」
「そうなんだ。てっきりちょこちょこ会うのかなって思ってた。なかなか会えないなら寂しいね」
「……寂しい?」
「そうだよ。やっぱり一日一回は好きな人に会いたいなぁとか思わない?」
「どうかな。仕事中はそういうこと考えないから。男と女じゃ考え方が違うんじゃない?」
「そうなの⁈ やだ、男の人ってなんかドライだね〜」
「徳香は笹原さんに会えないと寂しいの?」
「私の場合は会えないのが当たり前だから。だから会える日を楽しみに待つしかない」
徳香が好きなのは笹原さんなんだから当たり前じゃないか。それなのになんとなくモヤっとする。
「笹原さんと連絡先は交換してないの?」
「うん、なんかね、個別にはしないんだって。グループならいいけどって言ってた。まぁ、程のいい断り方だよね。長崎さんとは交換してそうじゃない?」
そこまで話した徳香は、パッと両手で口を押さえる。
「ごめん、デリカシーなかったかも」
「何が?」
「長崎さんと笹原さんが連絡先交換してそうとか……」
「もしかして俺が傷付くと思ったってこと?」
徳香は気まずそうに頷く。
「好きな人のそんな情報、聞きたくないじゃない? 私も自分から言うならいいけど、人から知らされるのは嫌だもの」
「俺は気にしないかな。徳香に言われて納得したし」
「本当? そっか……それなら良かった……」
正直なところ、本当に何とも思わなかったんだ。むしろ徳香がそのことを気にしてくれたことの方が嬉しいなんて、もう俺の中で答えは出ているようなものだった。
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