512人が本棚に入れています
本棚に追加
* * * *
食事を済ませた二人は、再び車に乗り込み、あしかがフラワーパークに到着した。
藤の花の見頃は過ぎていたが、代わりに薔薇や睡蓮が人々の目を楽しませている。
池に掛かる桟橋を歩きながら、信久は首にかけたカメラを構えると、ファインダー越しに徳香の姿を捉えた。
花を見て喜ぶ笑顔、何かを見つけた時の驚いたような横顔、水面に向けるうっとりとした表情を、何枚もカメラに収めていく。
その時、振り向いた徳香が口を尖らせ、不愉快そうに信久を見た。
「……話しかけても返事がないと思ったら……」
「あぁ、ごめん。写真撮るのに夢中になってた」
「花の写真?」
「いや、徳香の写真」
信久が言うと、徳香は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めたものだから、彼は慌ててシャッターを押す。
「やだっ……変な写真は撮らないって約束したでしょ⁈」
「変な写真なんか撮ってないから大丈夫」
「……絶対にやめてよ」
「わかってるよ」
「……っていうか、写真って本気だったんだね」
「もちろん」
徳香は信久に寄りかかると、カメラの画面を覗き込む。その瞬間、信久の体が驚きに震えた。
信久はゴクリと唾を飲み込む。鼓動が速くなるのを感じた。
「徳香……あざと過ぎ……」
「はぁっ⁈」
「笹原さんにそうやってやればイチコロじゃない?」
「……やったことあるけどダメだった。こういうのは笹原さんの好みじゃないみたい」
「……じゃあなんで俺にやるの?」
困ったように話す信久を見て、徳香は笑い出す。
「別に何も考えてなかった。写真見せてって言おうとしただけ。まさか意識しちゃった?」
「……す、するわけないだろ」
「そう言うと思った。どうせ私のこと、女として見てないでしょ? 長崎さんとは正反対だもんね」
その時の徳香の表情がどこか寂しそうに見えた。
「……別に長崎さんと比較しなくてもいいと思うけど」
「……どういうこと?」
「徳香は徳香だろ。俺はそういう徳香らしいところ、結構好きだけどな」
『好き』と口にしたことが急に恥ずかしくなって下を向いてしまう。今まで似たような状況になっても、そんなこと口にしたことはなかった。『悪くない』と言ってきたのに……。
すると徳香ははにかみながら頬を染める。
「信久って本当にいい奴だよね。私も信久のそういう、さり気なく優しいところが好きよ」
『好き』と言われても満たされないのは、これが友達として、人間としての『好き』だから。
あぁ、そっか。やっとわかった。ようやく自覚した。俺は徳香に恋してる。徳香のことが好きなんだ。
俺の心は、徳香からの本物の『好き』を欲してる。君が欲しくてたまらない。
最初のコメントを投稿しよう!