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金曜日の夜はなるべく早く帰るようにしていた。定時になっても仕事が終わらなければ、とりあえず家に持ち帰る。
どうせ残業代は出ないしね。土日はやることもないから仕事に集中出来る。長々と幼稚園に留まるよりは、持ち帰った方が気が楽だった。ただ月曜日の荷物が多くなるのだけが難点だけど。
今夜は珍しく荷物が少なかったため、久しぶりに真っ直ぐ家には帰らずに、ショッピングモールの中にある映画館に立ち寄ることにする。
昔から映画を観るのが好きだった。学生時代は一人で映画を観るのが当たり前で、休みの日には一日に三本ハシゴすることもあった。
本当のことを言えば、バスケより映画が好きなのよねぇ……ううん! 出会いのためじゃない、そんな後ろ向きなことを言ったらダメよ!
チケットを買って、今から観られる映画を探す。すると探偵ものが、あと二十分ほどで始まる。トイレに行って、ポップコーンと飲み物を買ったらちょうどいいじゃない。
チケットを買おうと列に並んだ時だった。
「あれ、小野寺さん?」
驚いて声のした方を振り返ると、徳香は言葉を失った。そこにはスーツ姿の信久が立っていたのだ。
「あっ、ごめん。話すの初めてなのに、普通に声かけちゃった」
「ううん、別に平気」
同じ路線なのは知ってたけど、まさか同じ方向だとは思わなかった。
「小野寺さんもレイトショーに来たの?」
「……そう……なんだけど、松重さんの印象が違いすぎて戸惑ってる」
信久のスーツを指差し答える。
「何それ。仕事帰りだし、普通はスーツだよ。ってかスーツでバスケやったらおかしいし。それを言ったら小野寺さんだって、デニム姿なんて初めて見たよ。お互い様じゃない?」
「まぁ……それもそうか」
「何観るの? 決まった?」
上映する映画の情報を示すモニターを見上げると、信久は徳香に話しかける。
あれ、意外と話しやすい人なのかもしれない。
「うん、あの探偵映画。すぐ始まりそうだし。松重さんは?」
「来てから決めようと思ってたんだ。ねぇ、良かったら一緒に観ない? たまには誰かと観るのもいいかなって思ってさ」
その言葉を聞いた徳香は再び驚いた。
「もしかして映画好き?」
「バスケよりね」
「あはは! なんだ、私と一緒だ!」
「そうなの? てっきりバスケ大好き女子かと思ってたよ」
淡々と話す信久に、徳香は初めて好感を持った。なんか思ってたよりも普通の人だった。
「私も普段は一人なんだ。久しぶりに誰かと観るのもいいかも」
「よし、決まり。座席はどこがいい? 俺は一番後ろが好き」
「あっ、私も」
順番が来ると、信久は徳香の分のチケットを一緒に購入する。
「チケット代払うね」
「今日は俺が出すからいいよ。初めて話した記念に」
「いいの? ありがとう。じゃあ私がポップコーンと飲み物を買うね」
「なんか逆に悪いな」
「いいよ、初めて話した記念だもん」
初めて喋ったとは思えないくらい、スムーズな会話だった。それにバスケをしている時には見たことのない、柔らかな笑顔を向けてくれた。
なんだろう、すごく楽しい。もしかして私たちって同類?
そう思うと、徳香は思わずニヤけてしまった。
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