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二人はお互いを探るように、見つめ合う。すると先に信久が口を開く。
「……長崎さんは、会社が同じなんだ。よく社食で会うんだけど、笑顔が可愛いなぁって思って……だから彼女が入ってるっていうサークルに参加した」
肩肘をついて静かに語る信久の話に、徳香はただ耳を傾けていた。
「でもさ、話す機会は増えたけど、それ以上に進展はしないんだよな」
「好きなんでしょ?」
「たぶん」
「彼女にした〜い! とかないの?」
「まだそこまで仲良く慣れてないし」
信久は徳香に向かって顎をクイっと向ける。まるで『次はそっちの番』とでも言っているかのようだ。
徳香は同じように肩肘をつくと、目線だけ下に向ける。
「私はサークルに入ってから、カッコいいな〜って思って好きになっただけ。でも……」
徳香は信久の目を見る。
「笹原さんと長崎さんって、両片思いだよね。お互いのことを好きなくせして、どちらも踏み出せずにいる」
信久は微動だにしない。ということは、彼自身も気付いていたということ。
「だから私にもまだチャンスはあるかなって思ってるの。だって付き合ってなければ、気持ちが変わることだってあると思うし」
「……小野寺さんって、想像以上に強いんだな」
そう言って信久はビールを飲み干すと、どこか寂しそうに笑った。
「というか、強くいないとやっていけないじゃない。両片思いの人に恋をするって、本当はかなり無謀なことだってわかってるし」
「あはは。なんか小野寺さんのこと誤解してたかも。本当はめちゃくちゃ強い女性だった」
「松重さんももっと強くなって、長崎さんを彼女にするくらい頑張ってよ。そうしたら私が笹原さんにアタック出来るから」
「俺、小野寺さんみたいに強くないんだよ」
男の人とする会話ってこういう感じなのねぇ。徳香は信久との会話を楽しく感じていた。
幼稚園にいるのは女性の先生ばかりだし、園児の男の子と話す会話は"戦隊モノ"か"電車"の話がテッパンだった。
「ねぇ、松重さんと私って同い年だったよね」
「今年二十五?」
「うん」
「じゃあ同じだ」
「だからさ、こうやってお近付きになれたわけだし、良かったら名前で呼び合わない?」
しかし信久はあまり良い顔をしなかった。
「……二人の時だけなら」
信久の言いたいことがわかり、確かに徳香は納得する。突然同い年の二人が名前で呼び合ったりしたら、何かあったと見られてからかわれるに違いない。お互いの片想いにも悪い影響を与えかねない。
「確かにそうね。じゃあ二人の時だけ。それ以外は苗字で呼ぶよ」
「賛成」
この日から二人の秘密の関係がスタートしたのだった。
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