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幼稚園の園庭には、徳香の身長ほどの小高い山がそびえ立っている。元々平地だったのだが、園長が落ち葉を掃くたびにそこに積み重ね、長い年月をかけて山になったという。正に堆肥の山だった。
その周りにいくつもの丸太が並び、これも少しずつ朽ちていく中で、生き物たちの大切な栄養源となっている。
子どもたちはその山をシャベルや木の枝で掘りながら、ミミズやハサミムシ、ヤスデやカブトムシの幼虫を見つけるのを楽しんでいた。
今日の徳香は、男児たちと一緒にその山に張り付いていた。というのも、子どもたちがどうしてもトカゲを捕まえたいと言ったからだ。
十一月の半ば、そろそろトカゲやカナヘビは見つけるのが困難な時期に入ってくる。
見つかるかなぁ……でもみんな必死だし。しかも姿を見つけたとしても、動きの早い虫を捕まえられる確率はもっと低い。
丸太をどかしたり、落ち葉をガザガザとめくっても、なかなかトカゲの姿は見つけられない。
そんな中、木の根元にいた一人の男児が大きな声を上げた。
「先生! いた!」
「本当⁈」
なるべく音を立てないよう、そっと近付いて行くと、落ち葉の上で呼吸を整えているカナヘビがいた。
「先生……捕まえられる?」
「いや……これは難しいな……。一発で捕まえないと、たぶん落ち葉の中に一瞬で入り込んじゃうね。アキくん、いけそう?」
捕まえる気持ちが一番強いアキトが、ゴクリと息を呑む。
「……やってみる」
そしてみんなが緊張感に包まれる中、アキトが手をばっとカナヘビに向かって伸ばす。しかしあと少しというところで、カナヘビは落ち葉の中に消えていったしまった。
「ああ! やっぱり逃げられたー!」
アキトは悔しそうに頭を掻きむしる。
そりゃそうだよね。朝からずっと探してて、ようやく見つけたのに逃げられちゃったら悔しいよ。
「仕方ないね。また探そう! 先生も手伝うからさ」
その時、トカゲ探索隊とは別に、山を掘っていた男の子が徳香を呼ぶ。
「ねぇ先生、なんか黒くてふにゃふにゃしたのが出てきた」
「ん? 何かな?」
男児が彫った穴の中を覗き込むと、五センチほどの黒くて細長い生き物がうねっている。しかも頭は三角形。
それを見た徳香は喜びの声を上げた。
「すごーい! まぁくん、よく見つけたね! 先生もこの子に会うの、久しぶりだなぁ」
「えっ? これってなんなの?」
「これはね、クロイロコウガイビルっていうの。ヒルっていうけど、血は吸わないから大丈夫。でも毒はあるみたいだから、あまり触らない方がいいかも。ジメジメした場所が好きなんだよ。でも先生も久しぶりに見ちゃったなぁ。まだここにいたんだねぇ、なんか嬉しいな」
その言葉を聞いた途端、トカゲを探していた子どもたちも興味津々という様子で駆け寄ってくる。
「そんなに見つからないの?」
「うん、こんな近くにいるのに不思議だね」
「へぇ、すごいじゃん! トカゲは逃げられたけど、クロイロ〜なんとかは見つかったんだ!」
「でもジメジメした場所が好きなんだって」
「ってことは、この子はここでしか生きられないの?」
見つけた子に問われ、徳香は困ったように頷いた。
捕まえたいって言うかな。でもそうするとこの生き物は死んでしまう。
するとその子はクロイロコウガイビルに落ち葉をかけ始めた。
「じゃあこの子はこのまま埋めてあげよう。かわいそうだもんね」
その言葉に徳香の胸は温かくなる。
「そうだね。次に会うときにはもっと大きくなってるかも!」
「その時には俺たちも小学生になってるかもよ!」
「あはは! そうかもしれないね」
見つけても去ってしまうもの。そばにいたのになかなか見つからないもの。トカゲもクロイロコウガイビルもみんな、きっと無理せず自分らしく生きていくための場所を探してるのかな。
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