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徳香は飲み会に来たことを少し後悔していた。知らない人ばかりの中、雪乃は時々話しかけてくれるものの、友人や彼氏との会話が盛り上がってしまえば徳香は蚊帳の外だった。
いや、そうだよ。こうなるってどうしてわからなかったのかな。そこまで見通せなかった自分も悪い。
壁際の席を丸々一列、飲み会の参加者が座っていた。フロアは他にもお客がいるため騒がしく、黙っていてもバレない今の状況が徳香には好都合だった。
雪乃たちの会話に愛想笑いを振りまいていると、突然誰かが隣に座る気配がした。
ゆっくり振り返ると、明るい茶色の髪にピアスの明らかに遊んでいそうなチャラ男が、頬杖をついて徳香をニヤニヤしながら見ていた。
「ノリカちゃんだよね?」
「えっ、あっ、はい、そうです」
まずい、苦手なタイプに話しかけられてしまった。
「ねぇねぇ、ノリカちゃんて今何才?」
「……二十五才です」
「おっ、同じじゃん。仕事は何してるの?」
「えっと、保育士です」
どうせ言ってもわからないしね。あまり自分の素性を話したくなかった徳香は、幼稚園教諭ということは伏せた。
「あぁ、なんかそれっぽいよね。保育士って、ずっと子どもたちと遊んでるんでしょ? なんか楽しそうだよね。俺は美容師なんだけど、ずっと立ってるし、ご飯もほとんど食べる時間ないし、手は荒れるし、結構しんどいんだよね」
あぁ、また出た。『ずっと遊んでていいなぁ。お昼もゆっくり食べてるんでしょ?』みたいな感じ。
昼なんかほぼ飲み込んで、味わう時間なんかない。子どもたちがこぼしたり泣いたりして食べらない日だってある。水仕事だってたくさんあるから、私だって手荒れがひどいんだから。しかもこっちだって立ち仕事。楽な仕事なんてあるか!
怒り心頭だったけと、そんなことは言えないからとりあえずグッと堪える。
「へぇ、そうなんですね」
はぁ、早く帰りたい。信久ならこんなこと絶対に言わないのに……。
「ねぇ、ノリカちゃんて今彼氏いるの?」
「いえ、いませんけど……」
「じゃあさ、俺なんてどう? ずっとノリカちゃんのことカワイイなぁって思ってたんだよね」
「う〜ん……今は仕事が忙しいから、彼氏はいいかなぁって思ってて」
「またまた、そんなこと言ってうまくはぐらかそうとしてるでしょ? 俺、好きになったら結構一途だよ。一緒にいたら楽しいって、絶対」
なんでかな……出てくる言葉全てが嘘くさく聞こえる。しかもどこから出てくるのよ、この自信は。
「いや、だから今は……」
「じゃあさ、連絡先だけ交換しない? とりあえずデートしようよ」
この人、全然人の話を聞かないタイプだわ。呆れて言葉を失った瞬間、男に肩を掴まれ、徳香は体中に鳥肌が立つ。
「や、やめてください!」
抵抗しようとした時だった。
「あれ、徳香?」
声のした方を振り返ると、信久が驚いたような顔でこちらを見ていた。
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