探しものは何?

5/8
前へ
/86ページ
次へ
「えっ……信久? なんでここにいるの……?」  徳香はどこかホッとしたような表情で信久を見る。すると信久は徳香の背後に近寄り、椅子の背もたれに手をかけた。  そのため、隣にいた男は気まずそうに手を引っ込める。 「まさかお店まで同じだとは思わなかったね」  そして奥の席を指差すと、そこに座っていた男性二人が手を振っていた。 「トイレに行って戻ろうとしたら、徳香の声が聞こえたからさ」  すると信久が徳香の頭に手を載せる。安心感から、徳香の表情が緩んだ。 「大丈夫? 飲みすぎないようにね。帰る時に声かけて」 「うん、わかった」  その会話に気付いた雪乃が、信久の姿を見て目を見開いた。 「今のって松重さん? なんでいるの?」 「あそこで友達と飲んでるみたい」 「ふーん……」  ずっと会話の外にいた男が、眉をひそめながら徳香を見ていた。 「今のって友達?」 「あっ、はい」 「一緒に帰るの?」 「そうですね、家が近いので」 「ねぇ、それならさ、俺が送ろうか? 遅くなっても平気だし」 「ありがとうございます。でもお気持ちだけいただきますね。あっ、私もトイレに行ってこようっと」  徳香はカバンを持つと、まるで逃げるかのようにそそくさとトイレまで走った。  個室に入るとようやく息を吐く。ああいう強引な人って苦手。自己中なのが癪に障る。  偶然でも信久がいてくれて良かった……。彼が来てくれた時の安心感は、何にも代え難いものだった。  あの席には戻りたくないな……どうせなら信久のところに行きたい。そして出来るのなら、信久と一緒に早く帰りたいと思ってしまった。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

509人が本棚に入れています
本棚に追加