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店を出た途端、徳香は肩の力が抜けていくのを感じた。その様子を察したのか、信久の歩く速度がゆっくりになる。
「疲れた?」
「うーん、なんていうか、肉体的な疲れじゃなくて、精神的な気疲れかな。こういう飲み会って、元気とやる気があれば楽しいんだろうけどね……なんとなく今じゃない感じがしちゃう」
「失恋したばかりだし、逆に今のような気もするけどね」
「それ、雪乃にも言われた。でも……なんかまだ吹っ切れてないというか、それこそタイミングは人それぞれなんじゃないかな。立ち直る時間も方法も、みんな同じじゃないわけだし」
改札を抜け、ホームへのエスカレーターを昇っていく。
「でも本当に偶然だったね! 私は信久がいてくれて助かったけど」
「そうなんだよ。さっき一緒にいた黒髪の奴がさ、びっくりするくらい引きが強いんだ。欲を出さなければの話だけどね。今日も店を決める時に『なんとなくここがいい』って言って入ったら徳香がいたから驚いた」
楽しそうに話す信久を、徳香がニコニコしながら見つめているのに気付き、照れ臭そうに下を向いた。
「なんか信久の新しい一面を見ちゃった感じ。あんなに仲良しの友達がいて羨ましいな」
「そうかな……。でも、女友達は徳香だけだからさ。俺の中では徳香が一番」
信久が微笑む。それだけでなんだか満足してしまった。
「私、しばらくは恋とかしなくていいかも。ちょっとお休み期間を設けることにしようかな」
「なんで?」
「……なんていうか、ちょっと疲れちゃった。また信久といっぱい遊んでパワーチャージをしてからでいいかな」
「ふーん……」
「あっ、その間にちゃんと長崎さんに伝えるんだよ! じゃないと、私も慰めてあげられなくなっちゃうかもしれないからね」
信久は返事の代わりに、悲しそうに笑う。それを見た徳香は、自分の言葉が信久を傷付けたような気がして胸が苦しくなった。
どうしてそんな顔するの……? でもそんなことを聞いたら、信久に彼女が出来ることを阻んでしまいそうな自分がいる。
信久はいつまで私の友達でいてくれるのかな……今度は私の方が悲しくなった。
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