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アプローチって難しい
信久はカメラを手に持ち、みんながバスケを楽しむ様子を撮影していた。
サークルは月に二回ほど、長崎さんとは会社でも会えるが、やはりここにいる時の方が話しやすい。
それでもやはり彼女のそばには笹原さんがいることが多いため、俺が入る隙なんかほとんどないのだが。
その時、徳香が二人の間に割って入るように話しかけていく。いつの間にか徳香は笹原さんと二人のペースに持っていき、行き場をなくした長崎さんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
視線を感じて徳香を見ると、表情だけで『長崎さんに声をかけろ』と脅される。本当にあいつって強いよな。感心するよ。
俺は言われたとおり、長崎さんのそばに寄っていく。しかしなんて声をかけていいのかわからず戸惑ってしまった。
こんなことをしている間にも、徳香の視線が痛いほど突き刺さる。わかってるよ……そう思って気持ちを奮い立たせた。
「お疲れ様です」
信久はカバンからタオルを取り出して拭き始めた杏に、当たり障りのない言葉を選んで話しかける。
「あっ、松重くん。お疲れ様。今日もバスケやらないの?」
「まぁ気が乗ったらそのうち」
「それっていつになるのよ〜」
あぁ、やっぱり可愛いな。今はこの笑顔が俺だけに向けられていると思うと嬉しくなる。
「そういえば、今日は社食にいませんでしたね」
「うん、今日は同期のみんなと外に食べに行ってたんだ〜。松重くんは同期会とかある?」
「そういえば営業の島田に飲みに誘われてた気がする……」
「えっ、行かないの?」
「毎回は行かないですね。だってちょっと面倒じゃないですか? その間にやりたいこともあるし」
「やりたいこと?」
杏に尋ねられ、信久は口籠る。あまり自分の趣味について語るのは得意ではなかった。しかし他に話題を振る自信もなく、意を決して口を開く。
「写真の整理とか、映画観たりとか」
「へぇ、映画好きなの? なんかちょっと意外かも」
やっぱり意外なんだよな。メガネをかけた見た目から『実験とかしてそう』『勉強好きっぽく見える』と、よく言われたものだ。
「長崎さんは映画とか観ますか?」
「うーん、観るは観るんだけど、流行りのものしか観ないかなぁ。好きな人はミニシアターとか行ったりするんでしょ? それに比べたら全然だよね〜」
「じゃあ長崎さんの趣味って?」
「私? 新しいスイーツの発掘かな。甘いものに目がないの」
「スイーツですか……いいですね。今度美味しいお店があったら是非教えてください」
スイーツだなんて、やっぱり可愛い。女の人って甘いものが好きなんだ。
「松重くんもスイーツに興味ある?」
「……少し」
一人だとあまり食べない。だからこそ、ちょっと興味はある。
「じゃあオススメを選んでおくね」
「楽しみにしてます」
そしてまた杏はコートに戻っていった。
信久は少しだけだが杏と会話が出来たので満足していた。
一応オススメのスイーツを教えてくれるって約束したし、これが社交辞令で終わらないようにしないと。
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