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徳香が体育館に入ってくるのが見えた。しかし信久は少し気まずくて声をかける気になれなかった。
だが彼女が歩いていく先に修司がいることに気付き、信久はばっと立ち上がる。
徳香は荷物を置くと修司の隣に並んで立ち、何やら話を始めた。
何を話しているのかな……徳香は大丈夫なんだろうか……。
信久が二人の様子を気にしていると、誰かが近付いてくるのがわかった。
「松重くん」
「あっ……長崎さん」
「いきなり声かけちゃってごめんね。今話しても良い?」
「大丈夫です」
そう言いながらも、徳香が気になって仕方なかった。
杏は信久の隣に立つと、視線をくるくると動かしながら、何か言いたそうに口を開いては閉じるを繰り返している。
「なんですか? とうとう笹原さんに告白でもされたんですか?」
信久が軽く言うと、杏は驚いたように飛び上がった。
「な、なんでそれを……!」
「なんとなくですよ。長崎さん、わかりやすいくらいに挙動不審だから」
そう言うと、杏は恥ずかしそうに両頬を手で押さえて笑う。
「……この間ね、食事に誘われて……付き合って欲しいって……」
「良かったじゃないですか。長崎さん、なかなか行動に移さないからこっちはヤキモキしましたよ」
「うっ……それには反論出来ない……。だから告白をする勇気がある子がすごいと思った……」
杏は肩を落として苦笑いをする。その様子から、徳香が告白したことを知っているのだと察する。
「……聞いたんですか?」
「ううん、聞いてない。ただ彼がね、ある人に背中を押されたって言って悲しそうな顔をしたの。だからもしかして……と思って……」
「……そうですか……」
信久は徳香が修司と楽しそうに笑い合う姿を見て胸が苦しくなる。それと共に、ずっと気になっていたあの日の言葉を思い出す。
『あっ、その間にちゃんと長崎さんに伝えるんだよ! じゃないと、私も慰めてあげられなくなっちゃうかもしれないからね』
それって俺以外の誰かと付き合うことを指しているんだよな。徳香に恋人が出来たら、俺は今みたいに会うことは出来なくなる。それどころか彼女が違う男と幸せになるのを見守るんだ……っていうか、そんなの無理に決まってる。
「長崎さん……女の人って、好きだった男はいつまで経っても、好きな男なんでしょうか?」
「なんか難しいこと言ってるね。でも私は逆だと思うよ」
「逆?」
「そう。確かにいつまでも忘れられない人はいると思うけど、それよりもっといい人が現れれば、結構簡単に上書きされていくんだよね。だけど男の人の方が、元カノを引きずる確率が高くない? ほら、よくいるじゃない。元カノとすぐに比べる人」
杏自身にそれに似た経験があるのか、熱量と勢いが急激に増す。
「……よくわかりませんが、そうなんですか?」
「そうなの! だからね、俺の方が良い男だぞって気付かせないと」
「でもいろいろやっても反応なくて……彼女はきっと友達と恋人を分けて考えるタイプなのかもしれません……」
「……なるほど。友達から恋人なんてあり得ないのか……。何かその壁を越えるきっかけがあるといいね……」
その時杏が手を振る姿が目に入る。相手が修司だとわかるのと同時に、徳香がこちらを見ていることに気付いた。しかし今の会話の流れから、思わず顔を逸らしてしまう。
やってしまった……徳香はどう思ったかな……。
後悔しつつも、顔を上げることは出来なかった。
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