越えられない恋愛境界線

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「だからね、最後に賭けに出ることにした」 「賭け……?」 「自分から壁を乗り越えるしかないと思ってる」 「……どうやって?」  信久は徳香の体を、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと抱きしめる。初めての信久の腕の感触に、徳香は力が抜けてしまった。  徳香の耳元に信久の息が吹きかかり、声が漏れそうになるのをグッと堪える。 「一晩だけでいいから……俺のことを恋人だと思って欲しい……」 「……どういうこと……?」 「一度でいいから徳香を抱きたい」 「……な、何それ……意味わかんない……」 「うん……自分でもそう思うよ。でもそうしないと、徳香は俺のことを男として見てくれないでしょ? 一度でいいから、俺にチャンスをくれないかな……?」 「でも……そんなことしたら友達に戻れなくなる……」 「それでいいんだ、もう友達に戻るつもりはないから」 「えっ……どういうこと……?」  戸惑いを隠せない徳香に、信久は悲しそうな笑みを向ける。 「もう無理なんだ。徳香のことが好きで好きで……もしこの先、徳香が誰か別の男と幸せになる姿を見るなんて出来るわけがないんだ。だから俺は今日を最後に徳香の前から消える。もう友達には戻らない」 「そんなの……嫌よ……!」  徳香の目からは大粒の涙が溢れ出る。それを信久は指で拭っていく。 「ごめん、泣かないでよ。徳香を諦められない俺がいけないんだ。もし徳香が受け入れてくれなくても、それは徳香の決断だからちゃんと受け止める。俺も無理強いしたいわけじゃないから……」 「嫌よ……最後って言うのなら絶対に嫌……! なんで普通にそばにいてくれないの……?」  徳香は信久の胸を何度も拳で叩きながら泣き続ける。それでも彼の想いが変わることはなかった。 「……ごめん、最後まで嫌な思いをさせちゃって……。じゃあ俺は行くよ。今まで楽しかった。ありがとう。元気でね」  信久は腕の力をゆっくりと緩めると、いつもと変わらない柔らかい笑顔を向ける。そして徳香の額にそっと口づけた。  壁に寄りかかったまま動けなくなっている徳香の髪を優しく撫でてから、信久は玄関に向かって歩き出した。
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