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* * * *
徳香の中に身を埋めたまま、涙を流しながら眠ってしまった彼女にキスを繰り返した。
ごめんね、俺の勝手に付き合わせて……。こんな俺を受け入れてくれてありがとう。
こんなふうに誰かを好きになったのは初めてかもしれないな……本当は徳香を自分だけのものにしたかったけど、もう諦めるよ。だから安心して……。
信久は徳香を起こさないように彼女の中からゆっくりと出ると、ベッドからそっと降りる。彼女に布団をかけ、自分は着替えを始めた。
テレビのスイッチを切り、最後にもう一度だけ唇を重ねると、後ろ髪引かれる想いを振り切るように玄関に向かって歩き出す。下駄箱の上にあったこの部屋の鍵を手にして外に出てから、静かに鍵をかけた。
外はまだ薄暗く、寒さに体が震えた。もうここに来るのも最後かな……。
「ありがとう……ごめんね……」
そう呟くと、ドアの郵便受けの中に鍵を落とした。
* * * *
カチャン。
その音で徳香ははっと目を覚ました。自分が裸であることに気付き、昨夜の出来事を思い出す。
カーテンの外には薄明かりが差し始める。布団はまだ温かく、ついさっきまで信久がいたことを物語っていた。
徳香は布団を体に巻き付けると、慌てて窓に駆け寄った。すると歩道を歩く信久の背中が見えたのに、彼は一度も振り返ることなく去っていってしまった。
「信久……」
突然涙が止まらなくなり、徳香はその場に座り込んだ。
どうしてそばにいてくれないの? いつまでもそばにいて欲しいのに……私は信久のそばにいたいよ……。
あぁ、馬鹿みたい。私の方が信久に執着してる。
徳香はベッドに戻ると、頭から布団を被る。ほんのり信久の香りがするようで、切なくなった。
彼と体を合わせている間、一体何度愛を囁いてくれたんだろう。そのたびに心が満たされていった。
信久が与えてくれる愛情が心地良くて、いつまでもこの時間が続くことを願ってしまう自分がいたのだ。
信久は私の中の壁を乗り越えると言っていた。でも本当はとっくに越えていたんじゃないかと思う。ただそのことに私自身が気付いていなかっただけ。
だって信久にキスされることも、一つになることも、全然嫌じゃなかったの。むしろもっと欲しくて欲張りになってた。
大切な人だと言って曖昧にしてきた気持ち。セックスをしたことでようやくそれが色づき始めた。
だけど信久はここにいない。大切なものがこの手からすり抜けて消えてしまった失望感に、ただ打ちひしがれるしかなかった。
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