知らなかった彼のこと

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 その時一人の女児が、顔をキラキラさせて手をポンっと叩いた。 「じゃあ彼氏とケンカしたんでしょ」 「か、彼氏⁈ ち、違うよ!」 「そうなの? 前に先生が男の人と一緒にいるのを見た時、ママが『きっと彼氏とデート中だから邪魔しちゃダメ』って言われたんだ。だからケンカしたのかと思った」  徳香は絶句する。誰とどこにいた時を見られたのだろうか。 「でも本当に彼氏じゃないよ。お友達」 「じゃあ先生、そのお友達とケンカしちゃったの?」 「ん……ケンカじゃないんだけどね……」  ケンカじゃない……でも私のせいだってことはわかる。 「そういう時は、お互いに何がいけなかったか考えてお話し合いをするんだよって、先生いつも言ってるじゃない。お話し合いはしたの?」 「うっ……まだかな……」 「じゃあお話し合いをして、仲直り出来るといいね〜」  女児はにっこり笑う。  あぁ、本当にそうだよね。いつも言っていることなのに、自分のことになるとすっかり頭から抜けてしまう。 「徳香先生が仲直り出来るように、みんなでいっぱいハートを作ろうよ! 先生もお友達にあげればきっと仲直り出来るよ!」 「じゃあ私は二十個作る!」 「えーっ! じゃあ私は三十個作る!」 「あ、あのね、すごく嬉しいけど、みんなが作りたいものを作っていいんだよ」 「いいの! 先生のために作りたいんだもん!」 「そうそう。私たちが作りたいんだから!」 「そっか。ありがとう。じゃあ先生も一緒に作ろうかな」 「任せて!」  楽しそうに作り続ける女児たちを見ながら、徳香は胸がほっこりするのを感じていた。  まさか子どもたちに励まされるとは思わなかった。  するとそこへ興奮した男児たちが走ってくる。 「先生先生! すごいの見つけちゃったよ!」 「ん? 何があったの?」 「ほら、これ!」  男児は徳香の前に、手のひらほどのサイズの巨大な蜘蛛の抜け殻を差し出した。 「これは……幼稚園に住み着くオニグモさんの抜け殻じゃない! よく見つけたね〜」  徳香も時々目にする巨大な蜘蛛が幼稚園にいる。目撃するたびに大きくなっているため、幼稚園全体が存在を認めて成長を見守っていた。 「蜘蛛って脱皮するたびに大きくなるんでしょ? ってことはまた大きくなってるってことだよね」 「そうかもしれないねぇ。また会うのが楽しみになってきたね」  一皮剥けて成長するか……私も失恋を経験して成長した面もあるのかな……。それなら尚更、気持ちを伝えないといけないよね。私に愛情を注いでくれたあの人にきちんと想いを返さなければいけない。今は心からそう思う。
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