境界線のその先は

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* * * *  信久はゆっくりとした足取りでショッピングモールに向かう。この辺りは徳香との記憶で溢れていた。  気に入ってた場所だけど、ずっとここにいるのは辛いかもしれない。そろそろ引っ越しを考えようか……。  重い足取りでエスカレーターを昇り切ると、映画館の前に立つ徳香の姿が目に入った。カーキ色のコートに白いマフラーを巻いている横顔に、思わず呼吸を忘れそうになる。どうしたって、君は俺の目に飛び込んで来るんだ。  やっぱりいた……そう思っても、不安が大きくてそれ以上踏み出すことが出来ない。君が言おうとしている言葉を、俺はちゃんと受け止められるだろうか。  その時徳香がパッとこちらを向き、信久を見つけると嬉しそうに微笑んだ。  信久が動けずにいると、徳香の方から近寄ってくる。信久のコートの袖口を掴むと、ホッとしたように笑いかける。 「良かった。来てくれた……」 「だって……あんなメッセージを見たら気になるじゃないか……」 「まぁそれが狙いだったけどね。信久ってば私のメッセージを全部無視するんだもん」 「それは……」  パッと顔を逸らした信久は、唇を噛み締め、なるべく徳香の方を見ないようにしている。  徳香は信久の顔を両手で掴むと、グイッと引き寄せ自分の方へ向けた。その時の徳香の顔を見て、信久はギョッとした。 「の、徳香……もしかして怒ってる……?」  眉根を寄せ、唇を一文字にひき、目が座っている。こんな徳香を信久は見たことがなかった。 「えぇ、怒ってますとも! 大体信久がやってることは意味がわかんないのよ!」 「えっ……?」 「だってそうじゃない。信久は好きだって言ってくれたけど、付き合ってとは言わなかったでしょ? それに私の気持ちを変えるって豪語したのに、返事をするタイミングはくれなかった」  徳香の表情が徐々に悲しみを帯びていく。そっと手を離したかと思うと、信久の胸に抱きついた。
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