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ショッピングモールから歩いて百メートル程の場所にあるマンションが信久の自宅だった。
彼に手を引かれてマンションに入り、エントランスの角を曲がってすぐ目の前にあるエレベーターに乗り込む。信久が二階のボタンを押すのを見て、徳香は口を尖らせた。
「こんなに近いなら、家に呼んでくれたって良かったじゃない」
エレベーターのドアが開き、廊下を右方向へ歩くと、突き当たりの部屋の鍵を開けた。そして扉を開けると、徳香を中へと促す。
「だって……一人暮らしの男の部屋に呼んだりしたら、下心があるみたいじゃない?」
「相手は信久だし、別にそんなふうに思わないけどなぁ」
短い廊下を抜け、信久が灯りをつける。明るくなった部屋の様子が目に入った。モノクロの色合いとパイプ材の家具が基調となった、シンプルな信久らしい部屋だった。
壁際の書棚には、映画関係の本やDVDが大量に並んでいた。徳香は嬉しそうにそこに近付き、コートを脱いで床に置いてからじっくり眺める。
「いいなぁ、部屋にこんなにたくさん置けるなんて。それに1LDKなんて羨ましい……これだけ広いならうちじゃなくても良かったよねぇ」
徳香は思わず苦笑いをした。すると突然背後から信久に抱きつかれ、徳香は体を硬直させる。
「徳香から誘ってくれたんだよ。だからその言葉に甘えてついていっただけ」
「まぁそうだけど……」
「それに俺は徳香の部屋の方が都合が良かったんだ」
「どうして?」
「……だって部屋が狭い方が密着しやすいから」
徳香が呆れたような視線を投げかけたものだから、信久は恥ずかしそうにパッと彼女の背中に顔を埋める。首筋に吹きかかる彼の息遣いに、前とは違ったドキドキを感じてしまう。
「……今日ね、長崎さんと話したの。いろいろ聞いちゃった」
「えっ、どんなこと?」
「信久がかなり前から私を想ってくれてたってこと。『ギャップ萌え』だったんでしょ?」
信久が黙ってしまったため、徳香は彼の腕の中で体を捩る。そして信久の方を向くと、抱きついた。
見上げてみれば、信久は顔を真っ赤にして背ける。
信久ってこんなに可愛かったっけ? なんで気付かなかったんだろう。こんなに胸が熱くなる。
「……徳香の知らなかった部分を知って、好きだって気持ちに気付いたんだ……」
徳香の頬を、信久の指が優しく撫でていく。徳香は心地よさから目を細めた。
「俺ね、長崎さんのことを可愛い人だなぁって思ってた。でもそれってちょっと憧れみたいな感じだったんだよね。でも徳香にはもっと激しい感情が芽生えて、徳香の可愛い部分に誰も気付かなければいい、誰も近寄らせたくない、俺だけが知っていればいい……いつか俺だけの徳香になればいいのにって思ってた……」
そして信久は徳香の唇にそっとキスをした。
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