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いきなり店にやってきて、初めて会ったというのにメモを渡されて、そこに行ったら何も言わずにすぐに服を脱がされたのだ。口説きの言葉も愛の囁きもない。ドアを開けた瞬間抱き寄せられて、キスして事を始められた。
なのにそれに対しての言葉は一切なく、初めて言われた言葉がこれだ。
普通なら拒否するだろう。
だけどその子はまだ残る欲情の跡をそのままに、潤んだ目をオレに向けると小さく頷いた。
だからオレは、その時からこの子をこの腕の中に閉じ込めている。決して離すつもりも無い。この腕に閉じ込めたまま、オレはここで3年という時を過ごした。
この子の名前はノアという。
当時はハイスクールを卒業したての18才で、あのダイナーで働き出したばかりだった。けれどオレは、自分のものにしたあの時、その仕事を辞めさせた。
ノアはその見た目を裏切らずオメガだ。こんな見るからにオメガの子が、あんな不特定多数の人が集まる店で働くなんてオレには許せなかった。いくら治安がいいエリアだといっても、どんな輩がそういう目でノアを見ているか分からない。
大体、初めて行ったオレの誘いに乗ったのだ。他のやつの誘いに乗らないとは限らない。心が小さいヤツだと思われても構わない。オレはできるだけノアを、他の人の目に触れさせたくなかった。
まあ、オメガを囲うアルファの習性もあったのだろう。とにかくオレは、あの日からノアを自分のホテルに一緒に泊まらせ、住居が決まると共に引越しもさせた。とはいえ、社会に出たての子をただ囲うのはその子にとってあまり良くない。人は働けばお金が貰える。その喜びも知って欲しい。だからオレは、ノアをうちの住み込みのハウスキーパーとして雇うという形にした。
掃除や洗濯、そして料理。初めは慣れないことに苦戦していた家事も、次第に慣れてきたのか上手くなり、今ではなんでも手際よくこなせる様になった。
特に料理は気に入ったようで、色々な料理をネットで見ては挑戦している。その味も悪くなかった。
そして夜はもちろん、オレとベッドを共にした。
ノアの発情期も当然共に過ごした。
オレはノアを大事にし、ノアもオレに従順だった。だからそこに愛の言葉がなくても、ノアはオレの気持ちを分かっていると思っていたし、ノアもオレを愛してくれていると思っていた。だから日本に戻ることになっても、当然ノアも一緒に来ると思っていた。
なのに・・・。
『ノア。東京本社への転勤が決まった』
その言葉にノアは一瞬表情を止め、けれど次の瞬間目を細めて笑った。その笑顔はオレが見たことない笑顔だった。
何だろう?胸がぎゅっとする。
初めて見たその笑顔に、オレが違和感を感じたその時、ノアの口から予想もしない言葉が出てきた。
『東京・・・ですか?じゃあ、僕の仕事も終わりですね』
当然一緒に行くと思っていたオレは、その言葉に耳を疑った。
『出発はいつですか?次の勤め先が決まるまで、ここにいてもいいですか?なるべく早く次の仕事を探すので』
ノアの笑顔のその言葉に、オレは言葉を失った。けれど、何も言わないオレにノアが不安な顔をしたので、『もちろん、いていい』というのがやっとで、オレはそれ以上言うことが出来なかった。
その言葉に安心した顔をしたノアが、いつもの家事に戻って行くのを見てオレは大きな勘違いをしていたことに、今更ながらに気がついた。
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