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チェーンをかけたまま薄く開いたドアの向こうで、ノアは驚きの顔をする。けれど次の瞬間そのドアを閉めようとするから、オレは咄嗟にその隙間に足を入れた。
「閉めないでくれ。忘れ物をしたんだ。多分ここにあるはずだから、だから開けてくれ」
咄嗟に出たその言葉に、ノアの手が止まる。
「忘れ物・・・ですか?」
一瞬逡巡するように瞳を左右に揺らし、瞬きを繰り返す。
「そうだ。もう忘れようと思ったが、どうしてもダメだったんだ。だから取りに来た」
そう言うと、ノアは部屋を振り返って中を見回す。
「ここには無いと思います」
「いや、ここにあるんだ。だから・・・とにかく開けてくれ」
するとノアは、ようやくドアを開けてくれた。そしてオレが中に入るとノアは直ぐにドアを閉め、二箇所の鍵とドアチェーンをかける。その高い防犯意識に、オレは少し安心した。
ちゃんと、自分の身を守れてるみたいだ。
全ての鍵をかけ、ちゃんとかかったかを確認してようやく、ノアはオレを振り返る。久しぶりに見るその顔に、オレの胸は熱くなる。部屋に入った瞬間から香るノアの香りと、現実に目の前にいるノア本人。けれどその姿がオレの知るノアよりもやつれていることにオレの胸が痛む。
輝いていたあのブロンドはパサついて光を失っているし、頬どころか身体全体が一回り小さくなったようだ。
「あの・・・忘れ物は本当にここにあるんですか?僕、間違って持って来てしまったのでしょうか?」
さっきはオレの姿に動揺しておどおどした感じだったが、いまはちゃんとしている。
たけど・・・。
当麻に言われなかったら、ノアの心を感じることは出来なかっただろう。
まだ動揺している。多分イーサンの嘘がバレたと心配しているんだ。だけどその動揺の裏に、オレへの温かい思いがある。
「ああ。確かにここにあるんだ」
オレはそう言ってノアの手を掴み、そしてその身を引き寄せた。
腕の中に納めたノアの身体は驚くほど細かった。もともとそれほど肉が付いていたわけじゃなかったが、これほどではなかった。
いきなり抱きしめたオレに焦ったノアは身を捩って逃れようとするが、オレは腕に力を込めてそれを許さない。
「タクマ・・・っ」
なおも抵抗すノアをギュッと抱きしめる。
「ノアを迎えに来たんだ。お前を日本に連れて帰る」
ノアの耳元で流し込むように囁くと、ノアの身体は一瞬揺れ、けれどまた抵抗を始める。
「な・・・なにを言ってるんですかっ」
「ノアはオレのものだ。まだ手放した覚えはない」
「あなたとの関係は終わりました」
「終わった覚えはない」
「だけど・・・」
オレは抗議の声を上げるノアの口を手でふさぐ。
「なにを言っても、オレは聞かない」
当麻の言う通りだ。オメガは嘘をつく。
「この口がなにを言っても、ノアの心は違うことを言っている」
その言葉にノアは目を見開く。
「愛してる、ノア。ノアもオレを愛してるだろ?」
ノアの大きな目から涙がこぼれる。それを見てオレはノアの口から手を離し、その唇に口付けた。
どんなにこの口が拒絶の言葉を紡いでも、ノアの思いはオレへと向いている。
目を閉じて涙を流すノア。オレは一度唇を離し、再び重ねようとする。けれどその唇を、ノアの手が止める。
流れる涙をそのままに、ノアは緩く首を横に振る。
「ダメです」
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