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大手企業に新卒で入社し、意気揚々と新人研修を終えたある日、なぜかオレだけ配属先がアメリカ支社に決まった。
他の同期はみんなもちろん日本勤務。中でもアルファはみんな東京本社に配属になったのに、なぜ同じアルファのオレはアメリカなのか?
何だかやりきれない思いを抱えながら渡米し、ここで頑張ること3年。ようやく東京本社に異動の辞令が出た。
やっと日本に帰れる。
別にアメリカが嫌なわけじゃない。英語も話せるし、なんなら留学経験もある。だけど、一人だけ違う待遇に内心密かに焦りがあった。
オレだけみんなよりスタートが遅れたような気がする。
アルファだけに自分の能力に自信がある。それにプライドも高い方だ。誰よりも早く、出世したいという思いも強かった。だから一人だけアメリカという事実は初め、オレのプライドを酷く傷つけた。だけどここで出会ったオメガに、オレはこいつのためにここに来たんじゃないかと思うほど、惚れ込むことになる。
初めて入ったダイナーでウエイターをしていたそいつは、まるで絵画から出てきたような天使の姿をしていた。
輝くブロンドに真っ青な大きな瞳。真っ白い肌に浮き立つように赤い唇は魅惑的で、その身体は女性のように華奢だった。そして、その香りはなぜかオレの心をくすぐった。
一目見ただけでは男か女かわかないその中性的な容姿は、ウエイターの制服を着ていて初めて男の子だと分かる。
思えば一目惚れだったのだろう。
そのダイナー自体観光客が来るような場所ではなかったので、ふらっと入ってきた東洋人のオレは人目を引いた。さらに胡散臭く見えたのだろう。みんなに押し付けられるようにオーダーを取りに来たその子に、オレはオーダーとともにメモを渡した。その時はまだ、住居が決まっていなかったために泊まっていたホテルの名前と部屋番号が書かれたメモだ。それを見たその子は一瞬驚いたようにそのメモを見て、そしてすぐにポケットにしまった。そして出来上がった料理を持ってきたその子は、料理と一緒に『OK』と書かれたメモも置いていった。
本当ならそれはかなり危険な行為だっただろう。初めて来た町の初めての店、そして初めて会った少年。
そんなどこの誰とも分からない子に初対面で自分のホテルを教えるなんて、ほとんど自殺行為だ。
寝てる間に金品を取られるかもしれない。
実はバックに怖い人がいて、脅されてお金を要求されるかもしれない。
最悪、殺されるかもしれない。
ここは日本ではなくアメリカだ。治安が悪いのは分かりきっている。だけどなぜか、その子は大丈夫だと思った。その子から香る香りが、オレにそう思わせた。
だからその夜訪れたその子を、オレはなんの警戒もなく招き入れ、本能の赴くまま抱いた。その子もその気で来たのだろう。ほんのり湿った髪からはシャンプーの香りがした。おそらくシャワーを済ませてきたのだろう。だから来たそうそう抱きついたオレに抵抗することも無く、そのまま受け入れた。オレたちはお互い自己紹介をする前に、身体を繋げる関係となった。
不思議なもので、オレは腕の中にその子を抱いた時からその子に強い独占欲を感じた。
こんな衝動が自分の中にあるのを知らなかった。だけどその衝動は強く、まだ事の後でぐったり腕の中にいるその子に訊いてしまった。
『オレのものになるか?』
その子からしたら、オレはどんなに怪しい人間だったろう?
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