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寄り添うもの
女がここへ嫁ぎしは四十年あまり前のこと。
京から参られた気高き傾城の姫ぎみは北の素朴な住人たちの間でたちどころに噂となる。
ところがその夫になるのはどうにも垢抜けない男であった。
姫の故郷のものどもに比べれば何も面白味がなく実に野暮ったい。
こちらに住みだしてから初めての冬に姫の忍耐はいよいよ尽きてくる。
何もないところだ。つまらぬ。華やかな故郷へと戻りたい。
そう駄々をこねだした。
遡れば初夜を迎える部屋にて嫌だと拒む女に男はただただ困り顔をさせて微笑んだ。
その身に纏いし情念には愛しさというひたすら温かいものを滲ませながら。
女のそのようなところも愛らしゅうて愛らしゅうてどうしようもなかった。
この片田舎にひっそりと佇む古びた屋敷に住まう己のうだつのあがらない様は確かに恥ずべきところ。
春を迎えると男は戦場に赴いた。
武功を立て家に戻る。
さすれば少しでも姫と釣り合う男になると奮起していた矢先の出来事である。
「旦那さまは討ち死になされました」
このいとも短きことのはにて女と男はそれきり離ればなれとなる。
それから間も無くこの地を訪れてから二度目の冬が来た。
庭の深雪へ裸足のまま飛び込む。
女が雪に抱く思いは自責の念に等しかった。
振り払っても振り払っても絶え間無く降ってくるそれに腹を立て冷たき粒と熱き涙を頬に貼りつけながらわめく。
如何したことか男の存在が雪溶けのごとく傍らからいざ無くなってしまうと恋しくて恋しくて堪らない。
故郷へと帰ることも出来たのであろうが女はそれをしなかった。
今もこの地にとどまり続ける。
生きるということのなんと辛く悲しいものよ。
から咳は時に女が息をつくことを許さずこれでもかと苦しみ恐れるのを幾度も嘲笑ってきた。
今朝は己の肉体が何かを訴えかけてくる。
先ほどから如何とも動かぬ身体はまるで深き暗き水の底へとおもむろに沈みゆくようである。
もしもあの世がまことにあるというのならばこれほどまでに女が救われることはない。
日々恋い焦がれる男にようやくまた逢うことが叶い心から謝ることが出来るのだから。
今更にしてたいそう悔やむ。
己はなんと可愛げの無きおなごであったのかということを。
心の奥底で女は男を好いていた。
ただしその愛の形はいびつ。
なにゆえ男に向かってもっと愛らしく笑いかけなかったのか。
なにゆえ男の良さに目を背け続けていたのか。
一切を許してくれる愛に対してまるで天の邪鬼のように抗ってみたかったのか。
幼き己が出会うのにはまだ早すぎた。
あれから冬を幾度となく迎えてきた。
「願わくばもう一度お逢い出来ますことを」
女はそう呟くと高欄にもたれかかった。
そのまま渡り廊下の床へと静かに身を預け旅に発つ。
今の今まで男に捧げし情熱は遂に脱け殻を破りみたまへと宿る。そしてそれは常に傍らにあった白き友を纏いながら密やかに昇りゆく。
手にしんしんとかかる雪は溶けることなく降り積もる。
あたかも女が絶え間なく募らせていた恋心のようにして。
「了」
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