5.君が欲しい(月見薫視点)

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次の日の昼頃、貴臣に言われた通り近くにあるホームセンターへと足を運んだ。 仕事以外でホームセンターに立ち寄ったのは数える程も無くこういった機会でもなければ今後立ち寄ることも無いだろうと思う。 最初に目に付いたのは外に置かれた大量の花と苗木だった。 手入れが行き届いているのか日差しに照らされて伸び伸びと花弁を拡げているそれ等に少しだけ興味が湧く。 花ってこんなに目を引くものだったのか…。 どれを買うか頭を悩ませながら奥へと進んでいくと見本用に置かれていた鉢植えの中の花にとても心を引かれてそれに近づいた。 名前も分からない小さくて真っ白な花。 大輪を咲かす他の花とは違い控え目で地味にすら感じるそれは、それでもきっとこの花がなければこの鉢植えは完結しないと思わせる魅力がある。 個人的に欲しいと思う。 花になんて興味はなかったけれどこの花は育ててみたいと何故か思った。 周りに置かれていないかを確認したけれど見当たらなくて仕方なく店員を探すことにした。 運良く近くで作業をしていた店員が居たので声をかける。 「店員さん、この花ってまだありますか?」 そうしたら俺の声に反応して振り返った彼は俺を見てにこりと人好きのしそうな笑みを向けてから俺の指さした寄せ植えの中の花に視線を向けた。 その彼の顔を見て内心でとても驚く。 前に会社のエントランスで見た彼だ…。 「アリッサムならあちらの籠の方にも在庫がありますのでご案内しますね。」 彼は俺のことは知らないみたいで、丁寧に籠から寄せ植えのと同じ花を取り出してくれた。 「アリッサムって言うんですね。」 彼と会話をしてみたくて、初めて知ったその花の名前を口に出す。 彼はそうですよって頷いてから、笑顔で俺の持っていた籠に花をそっと入れてくれた。 「…ありがとうございます。」 「お花好きなんですか?」 「…いえ、初めて興味を持ちました。とても可愛らしくてつい。」 彼の笑顔に釣られるように笑って答えると彼は一瞬驚いた顔をした後にまた笑い返してくれた。 やっぱり可愛いと思う。 本当はもっと話していたかったけれど余り長々と話しているのも作業の邪魔になると思ってもう一度お礼を言ってから会話を終えた。 名残惜しいと思いつつ店内に入ると、室内用の花が置いてあったからオフィスにはアリッサムじゃなくてこっちを置こうと決めて手頃なものを選んでからアリッサム用の鉢と土を持ってレジへと向かう。 花なんて育てたことがないから上手く育てられるか分からないけれど不思議と買うことに後悔はなくて、それに彼が選んで取ってくれた花ということもあってその花はどの花よりも特別なものに感じられた。 出来ることならずっと咲いていて欲しいと思う。 「お待たせしました。」 レジの女の子が俺からカゴを受け取って会計をしてくれるのをぼーっと眺めながら、この子とさっきの彼は付き合ってるのかななんてつい勘ぐってしまう。 支払いを終えて外に出ると彼は一生懸命仕事をしていて、話しかけるのも悪いなと思ってそのままお店を出た。 「こんな所に居たんだ。」 まるで宝物の在処をやっと見つけたような満足感に包まれながら俺はそのまま帰宅した。
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