望んだ世界は

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 ──そこに映し出されたのは、私の部屋の机だった。  机の上には、キラキラのスワロフスキーで覆われたペンケースが置かれていた。私のお気に入りだ。あの中にはお気に入りの、ペンケースと同じようにスワロフスキーで覆われたペンも入っている。不燃物だから一緒にお焚き上げはしてくれなかっただろうから、あの中にまだ入っているはずだ。  あのペン、書きやすくて好きだったな、なんて思っていると、スクリーンは場面を変えた。  そこは、私がよく通っていたコンビニだった。ここには私のお気に入りのチョコレートが売られている。  そういえば、いつも笑顔で対応してくれていた女性の店員さんはまだ働いているのかな、と思っていると場面は事務所裏に切り替わった。入ったことも無い事務所裏。そこに、いつもいた店員さんはいた。  彼女は鞄から新発売と書かれたシールが貼ってあるチョコレートの箱を取り出し、それを少し眺めたあと、『やっぱり来ないな、あの子・・・・・・』と呟いてからまた鞄の中にしまった。  また画面が切り替わる。家の中だ。  リビングの隅では犬のサクラがお気に入りのクッションの上に寝転がり、眠っていた。前より少し毛が少ないような気がする。そう思っていると、背後のドアがガチャリと開ける音が聞こえた。 『サクラ。お散歩、行こう?』  お母さんの声だ、と思うのと同時に、お母さんが画面の中に映り込む。その手にはサクラのリードが握られている。  サクラはお散歩の合図のリードが大好きで、病院に行く予定でもリードを見せれば喜んで付いてきた。そして落ち込む様子が可哀想なような、面白いようなで、私は帰る前に必ずペットショップでお詫びとご褒美を兼ねたおやつを買ってあげるようにしていた。  そんな風だったから、サクラの異変に気づくのには、そんなに時間は掛からなかった。  サクラがリードを見ても飛びつかない。お母さんが『ほら、サクラ。お散歩』と言っても、リードを首輪に付けてもうんともすんとも動かなかった。  ──サクラ、お散歩大好きだったのに、何で・・・・・・?  そう思っていると、聞こえていないはずなのに、お母さんが答えるように言った。 『サクラ、あの子が死んでしまって悲しいのはわかるわ。あの子がいつもお散歩をしてくれていたものね。私達も同じ気持ち。こんな時だけお父さんと気持ちが一致するなんて、皮肉よね』  ──サクラ。  サクラは、私が死んでからお散歩に行かなくなってしまったんだ。毛が減ってしまったのも、きっと気のせいじゃない。  体調を崩してしまっても、サクラは私のことを1番に想ってくれていた。・・・・・・それなのに、私は。 『あの子がいなくなってから、暴力もなくなったし、気を使ってくれるようになったわ。でも、そんなことより──あの子がいてくれた方が、良かったのに』 「・・・・・・っ、お母さん!サクラ!」  そこで場面が切り替わり、思わず伸ばした手は届かなかった。  空を切った手を見つめる。  ──私は・・・・・・。 『何で、気づいてやれなかったんだろうな』  そんな声が聞こえて、私は顔を上げた。そこには、学校の担任の先生と、クラスメイトだった女の子が映し出されていた。 『何で、あいつは何も言ってくれなかったんだろうな・・・・・・』  そう言って、冷徹無情先生と呼ばれた担任の先生は、俯いた。その目に涙が溜まっていたのを、正面のスクリーンはしっかりと映し出していた。 「せんせ・・・・・・」 『先生』  私が先生、と呼ぶ前に、クラスメイトの女の子が先に口を開いた。 『私、彼女が死んだって報せを受けてから、ずっと後悔しているんです』  静かに、先生に向かって、言った。 『私、彼女が転校してきた時に学校の案内をしたんです。見た目もですけど、中身も凄く可愛い子だなって思って、友達になりたくて、張り切って案内をしました。──でも、私は思うように話せなくて。』  覚えている。彼女が学校案内をしてくれた時のことを。私のお気に入りのペンケースを褒めてくれて、嬉しかったことも。 『彼女がお気に入りのペンを見せてくれた時、私は何も言えなくて。結局、そのあと何も話せないまま終わってしまって。でもずっと気になってて・・・・・・』  彼女の声は、徐々に、涙声に変わっていった。 『ずっと、後悔してるんです。あの時、私が何か言葉を返せれていれば、友達になれたんじゃないかって。その時にダメでも、その後にもチャンスはあったはずなのに、私はみすみす逃して。・・・・・・もしも、私がちゃんと話せていたら──』  彼女の後悔が、私への想いが、溢れだしてくる。 「・・・・・・やめて」  そう願っても、映像は止まってくれなかった。 『──彼女は、死ぬ前に少しでも私を思い出してくれたんじゃないかって。そんな決意する前に、相談してくれたんじゃないかって、ずっと、思ってて』  そんなこと、思わないで。なんて、言えた義理ではない。彼女にそう思わせているのは、他の誰でもない──。 『私はきっと、彼女のことも、この気持ちを、後悔を、一生忘れないと思います』  この業を背負わせたのは、私なのだから。
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