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「おめでとう!」
その声に誘われるように閉じていた目を開くと、そこには黒いシルクハットを被った男が立っていた。
「え?」
状況が掴めず、辺りを見渡す。そこには男以外何も無く、ただ灰色の空間が広がっているだけだった。
そうしてキョロキョロしていると、何が面白いのか、男が「ハハッ」と乾いた笑いを響かせた。
「どうしたんだい、レディ。何かあったかい?」
「どういうこと?あなたは誰?ここはどこ?」
そう言うと、男は両手を上げて口を大きく開き、「なんと!」と驚く素振りをした。
「覚えてないのかい?君は折角自分の願いを叶えたというのに」
「願い?」
「そう。君は、"死にたい"っていう願望を自分で叶えたじゃないか。忘れてしまうなんて、おかしなものだね」
「・・・・・・それって、つまり・・・・・・」
そうだ。この男の言う通り、忘れてしまうなんておかしい。それくらいの、出来事だったのに。
「・・・・・・私は、死んだってこと?」
「そうさ。君は自分で道を選び、そして実行し、そして実現させた。素晴らしいことだよ。自分で自分の道を選ぶなんて、今時の人は中々出来ない。大体優柔不断で、他人任せで、その癖こっちで決めたことで失敗したら怒る。だから、君のように自分で考え、自分で判断し、自分で実行して叶える人というのは中々珍しい。僕はそんな人のことが大好きさ。中々出来ることじゃあない。拍手喝采を贈るよ!」
そう言って、男は手を肩の上まで上げ、そしてパチパチ大きく鳴らした。この男、さっきからいちいち動きが大きい。
「褒められてるって捉えていいの?」
「勿論さ。ご褒美をあげたいくらいだよ」
「そう。飛び降りてご褒美を貰えるなんて、死後の世界って結構生ぬるいところなのね」
男は拍手をやめ、ニヤリと笑った。
「君が生きてきた環境よりは、生ぬるいだろうね。転勤族の父親により引越し続きで友達も出来ず、せめてもの頼りの親は不仲。可哀想な子だ。さぞかし辛かっただろう」
「・・・・・・よく知ってるわね」
「死後の世界は何でもありなんだよ。例えば──」
男は親指と人差し指をくっつけ、出来た輪を覗きながら言った。
「今の世界を覗き見ることだって出来る」
「今の世界?」
「そう。見てみたくないかい?君が死んだ後の世界を。きっと素晴らしいものだよ」
「・・・・・・」
今の世界。私が死んだあとの世界。
正直、興味はあった。
私に友達が出来ない事が可哀想だと泣いた母はもう父親に当たっていないだろうか。いつも私の学力不足に怒り、母を攻めていた父親は、暴力をやめただろうか。いつも泣きつく私を苦にして遂には下痢になってしまった犬のサクラは元気にしているだろうか。
「あ、そうだ!今の世界を見せる、これを君へのご褒美にしよう!この世界に他にあげられるものは何も無いし、それがいいよ」
「見せてくれるの?」
「勿論さ。行動にはご褒美が必要なものだよ」
そう言うと、男はパチンと指を鳴らした。すると、灰色の世界の壁に巨大なスクリーンが現れた。
「受け取っておくれ。僕からのご褒美を」
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