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突然、私が座っている助手席側の窓をコンコンと叩かれる。
駅員さんかと思い外に出ると、そこには同じ専攻クラスの名波隆史が立っていた。
特に親しくもない彼が、何でここにいて私に話しかけてくるのか分からない。
思わず、頭から足元までしげしげと見てしまった。
そして、彼が両手に持っている紙袋に気づく。
「ああああああああ!!!!」
「これ、忘れて降りただろ? うわ!」
思わず抱き付いた。
ぎゅうっとしがみ付いて、号泣してしまった。
「……野村さんが忘れてるのが見えて、追いかけたけどドア閉まっちゃってさ。」
「あ、ありがとう!本当にありがとう!もう、見つからないかと思って……本当にありがとう……うわーん、良かったぁ〜。」
車のドアの音がして、弟が声をかけてくる。
「姉がご迷惑お掛けしました。それと荷物、ありがとうございます。家まで、送って行きます。」
弟が意外と大人な話し方をしていると思った瞬間、首根っこを掴まれて後ろに引っ張られた。
「駅員に預けようと思ったけど、賞金も入ってたから、直接渡した方がいいと思って。」
言いながら、智也に紙袋を渡している。
え、それ、私の荷物ですけど。
智也は受け取った荷物を助手席に置くと、まず私を後部座席に突っ込んだ。
「えっと、お名前は?」
「あ、名波です。」
「家まで送っていますから、乗ってください。」
「近いんで……、あ、じゃあ、お言葉に甘えて。」
何やら、智也と名波さんが話してて、家まで送って行く事で決着が着いたようだ。
隣に乗ってきた名波さんを見る。
結構、かっこいいんだよね。
香水は付けてないはずなんだけど、良い香りがする。服のセンスも私好み。
なんて思いながら見ていたら、彼のコートに付いた私の涙やら鼻水やらをみつけて、残っていた酔いも覚める。
「ご、ごめんなさい!クリーニング代払うから!」
「気にしないでいいよ。乾いた後で払えば、落ちるよ。」
いやいや、落ちても汚いよ!
うわー、やらかした!
そうこうしている内に、名波さんの家に着いた。
「優勝、おめでとう。」
そう言って、彼はクリーニング代を受け取らずに帰ってしまった。
「姉貴、さっきの彼氏?」
「え?違うけど?」
「彼氏でもない男に抱きついて、号泣したんだ?」
「……ぎゃあーーーーーー!」
そう言われてみれば、そうだ!
明日から、どんな顔で会えばいいの?!
「とりあえず、クリーニング代は渡しときなよ。顔合わせ難いからって、避けないように!」
「わかってるわよ。」
名波さんは、かっこいいなぁと思っていただけで、同じクラスでも偶にしか話す機会のない人だった。
「姉貴に抱きつかれて満更でもなさそうだったから、脈ありなんじゃないの?」
ニヤニヤ顔で揶揄ってくる智也の頭を、パシッと叩く。それでも、揶揄うことを止めない。
「やっと姉貴にも『彼氏いない歴』に終止符を打ってくれる男の登場かぁ。」
「だから、違うって!」
私が大会で優勝したことよりも、楽しそうに話している智也。
「姉貴はもっと楽しんで良いと思うよ、俺は。」
温かな声音で伝えられた願い。
ルームミラーに映る智也の顔はとても幸せそうで、私も優勝した時とは違う嬉しさが込み上げる。
「優勝、おめでとう。」
「うん。応援してくれて、ありがとう。」
智也が居てくれたから、両親の居ない世界でも頑張れた。
「俺以外の応援してくれる人が出来るのも、応援してるから。」
「わ、分かってるわよ。」
「とりあえず、名波さん行っとけば?」
そこに話が戻るんかい!
「何で、名波さん推しなのよ!さっき会ったばっかりじゃん!」
「俺は、良い人だと思うけどなぁ。」
かっこいいけど。
毎日を生きるのに必死で、色恋眼鏡で男性を見ている時間も余裕もなかった。
そう言う意味で名波さんを改めて思い浮かべてみると、確かに色んな意味でかなり好みだと思う。
つか、何で智也が私の好み知ってんの?!
「料理は優勝するまで頑張ったんだからさ。また新しい挑戦始めれば?」
「……そうね。」
優勝の祝福は、一旦の目標達成を意味する。
そこで、終わるものでもないけれど。
「まあ、ぼちぼち頑張ってみようかな。」
「そうそう、なんでも挑戦してみないとな。案外、姉貴みたいなのが恋愛したら沼るかもな。」
沼るって、あんた。
「それって挑戦を始めるって言うか……、試練の間違いじゃない?」
「あははは!確かに!」
家に着く頃には、優勝した気分は既に過去のものになっていた。
新しい試練に立ち向かうべく、早く寝る事にした。
おわり
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
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