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席へ戻るやいなや、上司の高嶺龍馬が声をかけてきた。
「皆生、悪いけど頼んでいた二時からの会議の資料データ、参加者のグループチャットにアップしといてくれないか。」
「はい、わかりました。」
「あと、時間を守ることも仕事の内だぞ。」
「申し訳ございません。気をつけます。」と一礼をした。
「じゃあ、悪いけど資料の件頼んだぞ。」
そう言って高嶺は打ち合わせのため、フロアを後にした。
彼は横浜市内に本社をもつ大企業『タカミネホールディングス』の社長の甥っ子であり、大学院を首席で卒業したエリート。頭が良く、穏やかで精神的にも余裕があり、周りから尊敬され慕われる存在だ。入社した頃は営業部に配属され、新人ながらも高嶺の提案したものがヒットを飛ばし、現在も会社を代表とする商品としてロングセラーになっている。
「その内退職して家業を継ぐのではないか」、「いやこの会社で取締役に昇進するかもしれない」と社内でも噂話があとを絶たないほど注目のされている人物である。愛美も高嶺を尊敬している中の一人だ。彼のもとで働けている事に少し誇りに思っていた。
頼まれていた会議の資料データをアップし終えた後、向かいの席に座っている山口久代が声をかけてきた。彼女はこの会社で勤続二十五年のベテラン社員だ。とても穏やかで、この総務部では母のような存在だ。
「皆生さん、今ちょっといいかしら。」
「はい。」
「さっき内線があったのよ。営業部の備品の在庫が不足してきたから補充の依頼なんだけど。数はこのメモに書いといたから、手が空いている時にお願いできるかしら。」
とデスク越しにメモを渡された。
「わかりました。行ってきます。」
愛美はメモを受け取り、備品倉庫へ向かった。倉庫で依頼された備品をカゴに入れ揃え、営業部へ向かう途中の廊下で背後から自分を呼び止める声が聞こえた。
「愛美―。お疲れ!」と呼びかけてきたのは同期の水沢流我と、
「おう、愛美。お疲れ〜。」とその後ろから調子良く声をかけてきたのは、同じく同期の風間翔である。二人とも営業部だ。
「二人ともお疲れ様。どうしたの?やけにテンション高いね。」
「聞いてよ、昨年度の営業成績で俺らが全社内のトップになったんだよ!すごくね?」
「え、そうなの?凄い!頑張ったじゃん。」
「イェーイ!」と調子良く翔がハイタッチを求めてきたので、愛美も笑顔で応じた。
「そうなんだよ。でさ、臨時で賞金貰ったんだよ。これで皆んなで今日飲みにいかないか。ご馳走するよ。」
「いいの?行く行く。六時過ぎには退社できると思うよ。」
「わかった。じゃあ、神原にも俺らから声かけとくわ。いつもの『凰蘭館』に集合で。よろしく。」
「うん、ありがとう。楽しみにしてる。」
軽く手を振って、二人と別れた。突然の仲間からの嬉しい報告と退社後の予定が楽しみになり、昼休みの憂鬱とは打って変わって午後からの仕事に少し気合が入った。
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