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愛美は予定通り六時に仕事を終わらせ、フロアの人たちに挨拶した後『凰蘭館』に向かった。『凰蘭館』は坦々麺と餃子で有名な地元の人達に愛されている町中華のお店だ。愛美も同期たちと飲む時は決まってこの店を利用することが多い。いつも愛嬌のあるご夫婦が迎え入れてくれ、アットホームな雰囲気が安心させてくれる。愛美は暖簾を潜り、お店の引き戸を開けた。
「あら、愛美ちゃん。いらっしゃい。」
「こんばんはー。」
「聞いたわよ。流我くんと翔ちゃん、成績トップになったんですって?すごいじゃない。」
「そうみたいなんです。私も今日初めて知って。だから今日はみんなで乾杯です。」
「いいわね〜。今日もたくさん食べて行って。お店からも何かサービスしちゃう。小上がりの6名席とってあるから、ゆっくりしてってね。」
「ありがとうございます。」そう言って、奥の小上がりの席に向かおうとした時、手前のカウンター席にいた人物と目が合い、思わずドキッとした。昼間に紙切れを落とした男、濱内陽平が坦々麺と餃子を頬張りながら、こちらを見ていた。愛美の人見知りが再び顔を出したため、咄嗟に陽平から目を逸らし、小上がりを上がった。陽平は愛美の一連の動作を目で追っていたが、声はかけなかった。愛美は陽平の視線が気になるので、目を合わさないよう背を向けるように机の手前に腰かけた。
程なくしてお店の引き戸が開く音が聞こえた。入ってきたのは流我と翔だった。
「こんばんはー。」
「いらっしゃい!待ってたわよ。」
「すいません、今日は急な予約に対応してらって。」
「いいのよ。いつ来てくれても嬉しいんだから。奥に愛美ちゃん来てるわよ。」
「ありがとうございます。」
「流我?」と声をかけたのは食事を終え、会計を済まそうとしていた陽平だった。
「おぉー!陽平じゃん。久しぶり〜。」
二人はお互いの手を固く組み合った。
「流我、知り合い?」
「濱内陽平って言って、同じ大学で、ラグビーのサークルで一緒だったんだ。陽平、こいつ風間翔。会社の同期。今営業部でコンビ組んでいる。」
「濱内です。」
「風間です。」
「で、奥にいる彼女も同期だよ。皆生愛美。愛美―、お疲れ。」
愛美は少しぎこちない笑顔で二人に手を振り、陽平に会釈した。
偶然にも流我と陽平が知り合いだったという事実に動揺が隠せなかった。
「今日、臨時ボ―ナス入ったから同期と飲むけど、陽平もよかったら一緒にどう?」
「おぅ。あんまり時間ないけど、せっかくだから一杯だけご馳走になろうかな。」
「お!そう来なくちゃ。」
流我と陽平は肩を組みながら小上がりに上った。その後に翔が続いた。
陽平と目が合うと、愛美の人見知りが三度顔を出しそうになったが、グッと堪えた。
「あの、昼間はどうも。ありがとうございました。」と陽平が愛美に話しかけた。
「…ああ、いいえ。」
「あれ?もう知り合い?」
「いや。昼間、俺が落とし物したのを、わざわざ拾ってくれて。助かったよ。得意先の連絡先書いているやつだからさ、無くすと大変だったんだ。」
「よかったです。そんな大事な物だったんですね。」
「すげぇ偶然じゃん。諸々、今日は乾杯だなぁ。あ、そう言えば神原は?」
「さっき連絡あったよ。駅に着いたから、今、総ちゃんとこっちに向かっているって。」
「そうか。じゃあ、とりあえず注文する?総一郎はアレだなー。肉団子と唐揚げはマストだったな。」
「神原に『また肉ばっかり。』って怒られるヤツ。」
「『肉食わずして、男、戦に勝てぬ。』アイツを強く育てねばならぬ。」
「そもそも父親じゃねぇじゃん。」
「その『肉食わずして−』って言うやつ、大学の時から言ってね?」
「変わってない!」
「いや、これは俺の中のモットーだから。」
「知らねぇし。」
いかにもトリオ漫才のような軽快なやり取りに、全員が爆笑した。
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