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一通り注文を終えた頃、お店の引き戸が開かれ入ってきたのは神原柚希と、その息子の総一郎だった。
「こんばんはー。」
「こんばんわぁ。おばちゃん来たよ。」
「二人ともいらっしゃい。総ちゃんいつも元気ねー。」
「うん!今日もいっぱい肉団子食べるよー。」
「あれー?総、お野菜は食べないの?」
「今日ピーマンさんはユーキューだから、ここにはいないよー。」
「ピーマンさん、ユーキュー?」
「あれー?おばちゃん所のピーマンさんは今日もたくさん働いているよ?」
「えー!お休みじゃないの?お休みあげないと、ピーマンさんが可愛そうですよ。」
「おばちゃん所のピーマンさんはね、いっぱい働きたいって言っているからお休みしてないの。おじちゃんとおばちゃんで美味しく作るから、肉団子と一緒に総ちゃん食べてくれると嬉しいな。」
「…うーん、考えときます。」そう言いながら、柚希の膝裏に隠れた。
「それ、断ってない?」
「違うもん。考えるだけだもん。」
「本当に〜?」
「…うん。」
「アハハ。総ちゃんはどんどんお口が達者になってきたわね。頭が良くなっている証拠よ。」
「ホント?ありがと。」総一郎はそう言いながら柚希の膝裏からひょっこり顔を出し、表情を明るくさせた。
「ピーマン食べたらもっと良くなるのに。」
「ピーマンさんはユーキュー…。」
「そこ、こだわるよねぇ。」
「さあさあ、皆来ているわよ。奥の席へどうぞ。」
「すいません、いつも。こんな茶番に付き合ってもらって。」
「いいのよ。総ちゃんは孫みたいな存在だし。ここで良かったら第二の実家だと思って、ゆっくりしてって。」
「ありがとうございます。」
愛嬌ある笑顔と優しい女将の対応に、柚希は日々の仕事と子育てで積み重なるストレスを忘れさせてくれることに少し胸を熱くした。このお店の人気は味だけでなく、こういったところも含まれるかもしれない。
総一郎は奥の座敷で皆が揃っているのを見つけて、興奮気味に駆け足で寄って行った。
「こんばんわぁ。マナミン、総来たよ〜。」そう言いながら、座っている愛美に抱きついた。
「総ちゃんこんばんは。今日も元気だな〜。」
愛くるしい笑顔で抱きつく総一郎の頭を撫でた。
少し乱暴に脱ぎすてた総一郎の靴を揃えて柚希が座敷にあがった。
「ごめんね、遅くなっちゃって。…えーっと、こちらの方は?」
「俺の大学で同じサークルだった濱内陽平。この店に入った時偶然会ったから誘ったんだよ。なんか愛美も昼に陽平と絡みがあったみたいだし。」
「神原です。こっちは息子の総一郎。お騒がせしっちゃってごめんなさい。それにしてもすごい偶然ね。」
「濱内です。」
「絡みっていうか、私はたまたま濱内さんの落とし物拾っただけで。」
「そうだったんだ。濱内さんも職場がこの近くとか?」
「個人で不動産の仕事をしています。普段は車で色んな地域を廻っているんですけど、今日はこの近辺で仕事だったもので。」
「そうなんだ。すごいね、個人で商売するって。」
「実家が不動産屋で、それを継いだ感じです。」
「じゃあ、流我の家を建てる時も協力してもらったとか?」
「そうそう。土地探してもらうのに協力してもらったんだよ。」
「あの場所ほんと良いよね。駅からもそんなに遠くないし、ショッピングモールも最近できたんでしょ?」
「そうなんだよ。うちの嫁と子供は大喜びしているよ。お陰で毎週休みの日に買い物に付き合わされるけど。」
「女性と子供はああいう所好きだからねぇ。いいなぁ、私も近所にあったら、最初のうちは毎日通っちゃうかも。」
「わかる〜。」
「ね〜。」と声をシンクロさせながら愛美と柚希は目を合わせた。
「うちは賃貸もやっているんで、引っ越しとか考える時は相談に乗りますよ。」
「ほんと?なんか頼もしいね、いろいろ対応できて。」
「…事務作業だけは苦手です。」
「アハハ。それは私と愛美が得意だから、逆に相談に乗るよ。」
「ありがとうございます。」
それぞれの紹介が終わって、打ち解けたころに注文していた飲み物と料理が運ばれてきた。
「お待たせしてごめんねぇ。これ、よかったらお店からのお祝いだから。」と大皿に盛られた『肉団子と野菜の甘酢餡かけ』がテーブルに置かれた。ゴロっとした大きめの肉団子に、一口大に切られた竹の子、人参、タマネギ、パプリカがトロッとした餡で一つにまとまっている。黒酢の匂いがフワっと香り、さらに空腹を刺激した。他にもレバニラ炒めや鶏の唐揚げなどがテーブルの上を豊かに彩った。
「ありがとうございまーす。」と愛美達は一斉に声を揃えた。
「よしっ!じゃあ、乾杯しよう。流我と翔の成績トップを祝して!」と柚希が率先して音頭をとりながらグラスを上げると、「乾杯〜!」とそれぞれのグラスをあわせた。
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