玄関

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今日何度目かの、着信音がなる。 俺は寝そべったまま、スマホを乱暴に掴み、電話に出る。 「あのねえ!君!」 と、罵声が飛んで来るのを、上書きするかのように、声を荒らげ答える。 「うるせえな!ほっておいてくれよ!」 少々寝起きのため、声がこもり気味ではあったが、十分すぎる声量に自分でも少し驚いた。 今電話をかけてきたのは、会社の人事部だ。 そしてさっきかけてきたのは、上司。 そしてその前は、親。 その前は、クレジットカード会社。 そして、その前は。。。 思い出すだけで不毛なことに気づき、俺は腹立たしげに、近くのペットボトルを手に取った。 キャップをあけ、口に含めようと傾けたとき、嫌な予感がして、口を閉じる。 唇に当たる嫌な感触。目やにのついた目をこすり、みると濁った水と、タバコのフィルター。 ちょっとした安堵感と面倒臭さを抱えつつ、口を拭い、財布を探す。 乱雑にゴミやら何やらが散らばった部屋。1ルームの小さな部屋。息苦しい。まるで今の俺の状況を表しているかのようで、辟易する。 財布はなかなか見つからないが、タバコならすぐ見つかる。 何箱かあるのだが、どれも数本ずつ入っているようだった。たまたま手元にないときに、買い足していくと、こうなってしまう。 中でも一番少ないタバコの箱を手に取ると、これもまた沢山発掘されるライターで火を付けた。 煙がたつ。 深呼吸をする。 大きなため息混じりの、煙を吐き出すと、俺は改めて自分の状況に絶望した。 一体、俺は何をしているんだろうか。 いつだって頭によぎるのはこの言葉。 堂々巡り。何の生産性もない。何も役に立たない。 この思考。 たちまち虚無感に包まれる。 そして、もう一本タバコに火をつける。 カラカラと換気扇は回っている。 カーテンは締め切っているので、換気扇から入ってくる光が唯一の明かりだった。 暗く濁った夕日が、部屋に指している。 俺は、財布を見つけた。 換気扇の近く、キッチンの角に置かれていた。 財布の可愛らしい柄からは、持ち主が全く想像もつかないだろう。 こんな、薄汚れた男だなんて。 財布を手に取り、中を見る。 グチャグチャとツッコまれたレシートと、チャックの中には数十円。そして、久々に見たしなびた御守。 お手製のお守り。 書かれている文字はすっかり読めない。 ただ、くれた娘の笑顔だけは。 俺は、ありし日の妻と娘を思い出す。 振り向き、部屋の奥を見る。 埃の降り積もった部屋で、唯一綺麗に整えられた空間 そこには、小さな写真と小さな骨壺が、 仲良く並んでいた。 俺は、財布を握りしめ、玄関のノブをつかむ。 ひんやりとしたノブは少し心をざわつかせた。 少し怯んだのち、俺は玄関を開け放つ。 澄んだ空気が、一瞬にして体を包む。 ふと背中に何かを感じた。 それは、暖かく、どこか怒っているような、でも励ましているような。 それでいて、謝っているような。 俺は、 どこへもいけない ことはないのだと 言われている気が ようやくした。 ああ。外は怖い。 でも、どうやら雪が降り始めたようだ。 end
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