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彼女を信じた僕の覚悟
僕は彼女を見た瞬間に、彼女を信じた。
彼女がこれからの人生を変えてくれる人だと。
兄貴が言った、
「ファーストキスの相手と幸せになれるよ」
という、あまりにも滑稽で、可能性が低い予言のくせに、堂々とした言いっぷりだったあの言葉。
言われた瞬間、あり得なさすぎて笑ってしまいそうだったのに
「本当?」
と純粋なフリして、目をキラキラと輝かせた幼い頃の自分。
六つ歳下の弟というのは可愛いものなのか。
僕は兄貴の前では全ての棘を隠し、兄貴に洗脳されたような哀れで愛しい少年を演じてきた。
きっと他人が聞いたら笑うだろう。
僕のお人好しのような従順さを。
反抗する勇気も、破壊する力もなかったというのは言い訳にしかならない。
偽物の優しさを前にすると、怒りを忘れてしまいそうなる事もあった。
だけど、僕は洗脳されるフリをした全く洗脳されていない人間だった。
今の場所から逃げる事ばかり考えた。
十八歳の誕生日。
晴れているのに雪が降る日だった。
僕は兄貴に紹介された沙友理さんとカフェにいた。
沙友理さんは兄貴の同級生で、兄貴とよく一緒にいた。
だけど沙友理さんは僕を好きだと言った。
初めて会ったのは、兄貴と一緒にステーキ屋さんで夜ご飯を食べている時だった。
そこでバイトしていた沙友理さんが僕に言った。
「反抗的な目がいいね」
兄貴は
「どこが反抗的だよ?純粋で可愛い目だろ?」
と僕の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。
それから数年後、僕が高三になった頃、兄貴が会えとうるさいのでたまに会うようになっていた。
体はカフェにいながらも、心は全く違うところにあった。
なぜなら、この日の夜に、この地を発つ計画の実行が控えていたからだ。
兄貴から逃れ、自由を手に入れる。
壮大なものではない。
高校を卒業し、三月二十日。
十八歳になったら家を出るという目標だった。
不言実行だ。
誰にも言えないというのが正しくはあったけれど、僕は不言実行というのがとても格好良いと思っていた。
沙友理さんは映画に行こうと僕を誘ったけれど、僕は家まで送ると答えた。
沙友理さんは素敵な女性だったはずだけれど、兄貴が紹介したというだけで、どうしても嫌になってしまい、とにかく早く夜になってほしかった。
そしてついに、僕はその夜に十八年間住んだ土地から逃れた。
誰にも言わず、誰にも頼らず。
新しい場所へ向かう汽車の中で、僕は存分に物思いに耽った。
初恋、ファーストキスの事も思い出した。
中学の三年間好きだった同い年の女の子。
兄貴はその子と幸せになれると言ったのだ。
なんでわざわざファーストキスの相手だと言ったのだろう。
適当に、次に出会う人とでも言っておいたほうが可能性はあっただろうに。
ずっと窓の外を眺めていた。
ようやく逃げ出した事で僕は気持ちが大きくなる。
高校に入学したあたりから変わっていった兄貴。
変わる前兆というか、破片のようなものは前からあったのかもしれない。
兄貴が詐欺まがいの事をしていたのは知っていた。
その中には占い関係のものもあって、実際当たる事もあったから、それはなんだか怖いけれど、結局は人を騙し続けた。
だんだんエスカレートしていき、詐欺まがいでは済まなくなっていく。
本当に馬鹿だ。
兄貴は僕に、これらの悪事を隠さなかった。
多分、沙友理さんにも。
加担させる事はなかったけれど、全貌を知ってしまっている僕は加担したも同然の気持ちだった。
それでも、いや、そのせいでなのか止める事も出来なかった。
人の悪口を言うのも、そんな事に時間を割くのも、人の事で自分の気持ちを暗くするのも嫌だったけれど、心の中で兄貴に対して悪態をつく。
兄貴にも他の誰にも言えるはずがないから、僕は心の中だけで悪態をつき続けた。
れんと、じん。
兄貴と僕の名前は響きの良い二文字で、並べると主人公ニ人組のような雰囲気もあった。
気に入っていたのに。
僕は兄貴さえいなければ、もしくは普通の兄弟として過ごせていたなら、凄く良かったと思う。
学校も基本的に楽しかったし、兄貴のありとあらゆる自分勝手で無神経な言葉と行動がなければ、暗い気持ちになる事が少なかったはずだ。
目的地であり、再出発の地に着いた僕は、公衆電話から警察に電話をかけた。
僕の一言で警察が動くとも思えないが、大きくなった気持ちはどうしようもできなかった。
兄貴の悪事を密告した。
携帯電話も解約し、完璧に逃れたと思った僕は四年後、兄貴に見つかるのだが、見つかる少し前に転機が訪れた。
興味本位で始めた警備員の仕事。
そこで彼女に出会うのだった。
四年間はあくまで、再スタートの基盤作りでしかなかったけれど、彼女を見た瞬間に自分の幸せについて考えた。
兄貴の嘘くさい滑稽な予言。
誰と幸せになるかくらいは自分で決めたい。
僕は彼女を信じた。
直感と、兄貴への反骨精神が混ざりあった心情からの発言でもあったけれど、僕は彼女を見つけてしまった。
つまりは、一目惚れだった。
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