残された者たちの疑問

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残された者たちの疑問

 傷は、取りあえず焼き塞いだらしい。  匂いを辿っていたゼツにそう告げられて、残った二人は肩から力を抜いた。  焼き塞げたという事は、その動きが出来るほどの力は残っているという事だ。 「血は流しているようですが、勢いよく走っていたところを考えると、まだ余裕はあるかと」 「あの子の事だから、大怪我だと言うのを忘れて走っただけってことも、あるけどな」  安堵しながらも、別な不安をエンは口にする。 「鬼が近づいたってことは、確実にあの子を襲う気だったってことだし、まあ、逃げただけでも上等ね」  頷きながら、ロンは頭の中で話をまとめた。  鬼から逃れたセイに狐が近づき、その後傷が塞がれた。 「その、女の狐と言うのが、この山の主、ってことかしら?」 「その傍に付いていた、男の子供は?」 「狐って、あらゆる意味で情が深いのよ。大方、どこかで拾った捨て子か何かね」  先ほどよりも気楽な口調になった二人の傍で、意識を集中していたゼツが、首を傾げた。 「? 山を降り始めました」 「じゃあ、そろそろ戻って来るわね」 「ですが、方角が……」  村から離れて行く方向に、山を降りている。 「? まさか、このまま逃げる気じゃあ……」 「まさか。そこまで悪あがきする子じゃあ、ないわ」  自分たちが怪我の事を気付かずに、のんびりとここにいるとは思っていないはずだ。  起こってしまった事は仕方ないが、その事で自分たちが怒りに任せる方を心配して、宥めに戻ってくる方が、あの若者らしい動きだった。 「もしかして、役人に訴えに行ったのかしら?」  ロンが考えながら顔を顰めて、最悪な事態を口にしたが、ゼツは首を振った。 「それなら、方角は逆です。この村は、薩摩の領地内ですから。あの人が向かっているのは、我々の進行方向です」 「?」  役人の手が入ると言う事はなさそうだが、それならどういう考えで若者が動いているのか全く見えない。  三人は、それぞれ顔を見合わせて、黙り込んだ。 「一つ、あり得るとしたら、鬼退治の為に、誘き出している、ってところかしら」 「しかし、あの子はそこまで、化け物類に目くじら立ててませんよ」  生き物なら、物を食らいながら生きなければならない。  その食い物が何であれ、むやみやたらに襲っている訳ではないのなら、黙認するのがあの若者だった。 「でも、人だった鬼が、共食いするのは許せないかもしれないわよ」  エンの言い分に、ロンは眉を寄せながら返した。 「昔の事思い出して、思わずそういう決心を固めちゃったのかも」 「……なら、わざわざ、オレたちから、遠ざかる必要はないでしょう?」  違うとは言えずエンが何とか返すと、色黒の男は少し笑って答えた。 「体のどこかを、食べられちゃったのかもしれないわね」  冗談に、なっていなかった。  聞いた二人が顔を強張らせて固まったのを見て、ロンは表情を改めて真顔で言った。 「そういう事態も、一応は考えておかないとね。世の中、何が起こるか分からないんだから」  それは、まだ若い方の二人も分かっているが、考えたいことではない。  セイが向かう場所が分からない以上下手に動けず、匂いを辿り続けるゼツが告げる足取りを聞きながら、何とか先行きを見極めようとしていると、遠慮がちに廊下から声がかけられた。 「お武家様方、もうお休みでしょうか?」  女の、落ち着いた声だ。  一瞬、息を詰めて連れたちと目を交わし、ロンがゆっくりと答える。 「どうなされた? このような刻限に?」 「失礼いたします」  答えた男に礼儀正しく言い、引き戸が静かに開いた。  村長の奥方が医者のコトと並んで、廊下に正座して深々と頭を下げた。  その後ろに座る若い女とその子の長吉が、同じように頭を下げる。 「この度は、お引止めいたしたと言うのに、何もお構いできず……」 「そのようなことはない。雨風が凌げるところで、一晩過ごせると言うのは、ありがたいことだ」 「ですが、お引止めいたした為に、お連れ様が……」 「何、あの者のことは、気にせずとも好い。あれで、中々子供の所があってな、大方外の様子が気になってフラフラと出歩いているのだろう。朝には戻ってくる」  エンが微笑んで心にもないことを言うと、白髪が混じり始めている小柄な女はほっとして微笑んだ。 「それならば、よろしいのですが……」 「帰ってくるまでは、誰かが起きていなければならぬのでな、物音が耳に障るかも知れない。それはこちらが詫びる事だ」 「いいえ、お気になさらず。年よりは元々眠りが浅いものでございます。この子たちは、一度寝たら地震が起きても、夢を見続けるくらいでございますから」 「いねさま。それは、言い過ぎではございませんか?」  思わず、コトが口を尖らせる。  場が和み、旅人の三人も表情を緩めていたが、それぞれの内心はそれとは裏腹のものだった。  何を考えているのか。  今この場に、二人の狐が、揃っていた。
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