若者の申し出

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若者の申し出

 雅は村に降りた。  まずは、人を手にかける、と言う考えを改めてほしくて、あれから毎年ずっと、きっかけを探していた。 「中々、それがつかめなくて、つかめたと思っても、翌年には元の木阿弥で、途方にくれながらも、取りあえずは何かやろうって、そんな気持ちだったんだ」  数年前に上手く村長の家に入り込み、どちらかと言うと女衆の方に近い場所で、村を見続けていた。 「夜は、こちらに戻って、無い知恵を絞り出すことを、続けていたんだけど……」  去年の雨季だった。  その年の雨季一番目の旅人が、村の男衆と共に村長の家にやって来た。 「全員、大柄なお武家様たちだったよ。長く浪人して旅しているのか、髷は結っていなかったけど、身なりはきちんとしてて、見栄えのする方々だった」  だが、そのお武家たちの内、二人は獣の妖しだった。  だから、流石にこの者たちを害することは出来ないだろうと、雅は少しほっとしたのだが……。 「その夜、さっそく一人、消えた。その直ぐ後に、また儀式が行われたんだ」  駄目だったか。  雅は、自分の浅い考えを悔やんだ。  すでに村の男たちは、身分など頭から考えない程、血迷い始めていたのだ。 「お武家様の中で、一番弱そうで色白の若い方が、まずは消えた。次が誰かは分からないけど、ここまで来たら、今年も駄目かと諦めたんだけど……少ししてから、山の方で大量の血の匂いが、一気に漂い始めたんだ」  一時空けて、客間の方から地響きと物音が二度響き、家の中に残った女衆たちも何事かと動き始める。  雅は、そちらよりも、山の中が気になった。  血が大量に流れたという事は、消えたお武家は生きたまま、山に連れて行かれたのだ。  そして、今も、流れている気配がある。  まさかと思いながら、それでも寝床に自分が寝ていると言う小細工をして、山に戻った。  その間に人食いの鬼が山に入ったが、それを振り切って山の奥に入って行く匂いを追って、雅はその背を見つけた。  戻って来た狐に慌てて追いついた戒も、その人物の背を見つめている。  激しく息を切らしているその若者の右腕は、袖ごとバッサリと落とされていた。  残った布地に滲む黒々とした血が、また地面に滴り始めている。 「よく、そんな怪我で走って来たなあって、思ってたら急にしゃきっとしたんだ」  そして、何かを口走り始めた。  初めは、やはり怪我が酷くて、意識が混沌としているのだろうと思ったのだが……。 「山に火を点けようって呟いて、本当に火打石を取り出したもんだから、思わず、声かけちゃったんだ」  相手は、飛び上がって驚いた。  身構えてしまう位に驚いたが、雅は気にせずに近づいた。 「実はね、私、本人に言われるまで、その子が男だって分からなかったんだ」 「? 始めから、お武家と言ってたのにか?」  もっともな返しに、雅は苦笑しながら言い訳する。 「匂いがね、すごく薄い子なんだ。この国の娘にしては大きいけど、色は白いし何よりあの顔立ち、あんな人間がいるのかって位、綺麗な子だったよ」  不躾に聞いて傷つけてしまったと白状した雅に、鏡月は大笑いし、蓮は空を仰いだ。  葵は、少し首を竦めて、恐る恐る尋ねた。 「あいつ、怒りませんでしたか?」 「いや、何だか、ふらついてたけど」  それは、怪我のせいだろうと雅は思っていたが、蓮は小さく笑った。  大きく育っても、女と決めつけられるとは思わなかったのだろう、その衝撃が怪我の出血も重なって、ふらついていたのだ。  図体はデカくなっても、相変わらずのようだ。  住処まで連れて行き、手当てを終えたお武家を引き留め、この山と村の儀式を話した。 「こっちは愚痴を言っている気分で話してたし、向こうも怪我のせいかぼんやりとして聞いてないようだった」  だから、薬を一気飲みして微笑んだお武家の言葉に、思わず間抜けな声で返していた。 「はあ? 何を言ってる? って。大丈夫か? とも、言ったかな。そんな私に、そのお武家、その表情のまま言ったんだ」  二、三、聞きたいことがある。 「一つ、自分たちは、村の境の道に塞がっていた岩に、足止められたのだが、その岩は、本来どこにある物なのか。二つ、その岩は、私の両親がチギッタ頃から、あるものなのか、それとも他に、何かの謂れがある物か……」 「どう答えた?」 「……その前に、契るって言葉がぎこちないなと思って、聞き返しちゃった」 「ああ、あいつのことだ、夫婦になる二人が、何かを引きちぎる儀式が、狐の間にはあるんだろうとでも、思ったんじゃねえの」 「よく分かったね、どうもそうらしいよ。夫婦になって同衾する、っていうこと自体を、契ると言うんだって、話しておいたけど」  頷いてはいたが、本当に分かったかは分からない。  雅は、未だに疑っているが、それはともかく、お武家の詮議に答えた。 「岩は、元々は山の鳥居の傍にある物で、時期が過ぎるといつもそこに戻ってくる。ただあるだけで、何かがついている気配も、何かの謂れがあるとも聞いたことがない。大体、事が起こり始めるまでは、そこにある事すら忘れることがある岩だった」  そう答えた雅に若者は頷き、きっぱりと言った。 「なら、あの岩を壊せば、大方の事は収まるな」  耳を疑った二人に、お武家は付け加えた。 「ついでに鬼も、誘き出して片付ける」  再び、はあ? であった。 「その時は、先の村の上野様の所で聞いた、山の話を知らなかったもんだから、怪我で頭がおかしくなったんだなって、思ったんだけど……」  二人が唖然としている間に、若者の中では考えが定まって来たらしい。 「もう一つ、その岩が今ある場所まで、村に降りずに行ける道を教えてくれって。私が行くって言ったんだけど、私には別な、大事なことを頼みたいって」  渋る戒を説き伏せて道案内に送り出し、雅は後ろ髪を引かれる思いで村へと戻ったのだった。  そんな雅が頼まれたことは、若者の連れたちの、足止め、だった。
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