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岩破壊の真意
足場は悪いが、歩けないほどではない。
狐の弟の子供の後に付いて歩きながら、セイは自分に言い聞かせていた。
そう、普段なら歩けない足場ではないが、今の自分は体力が乏しい。
血が流れ過ぎたのが一番の理由だったが、あそこで走って逃げていなければ、恐らくは今頃自分はもう一本位腕を犠牲にする羽目になっていただろうから、無駄に体力を使ったわけではない。
起こったことを悔いるな、と言うのは自分の志だ。
悔いるよりも、これ以上悪い方向に向かうのを防ぐ方に、頭を使う。
そうしないと、本当に成り行きに任せるだけの、ただいるだけの者になってしまう。
それでは、あの連中の中に戻ったことの意味がなくなってしまう。
幸い、歩幅が狭い子供の後に続くのはまだ楽だったが、それでもそこに着いた時には息を切らし気味だった。
夕暮れ前に見上げたその岩を、セイは再び見上げた。
子供も息を切らしながら同じように見上げ、確かめるように問いかける。
「本当に、これを壊すのか? どうやって?」
道具は、何もない。
狐の住処には、殆んどその手の道具はないのだ。
連れて来たものの、不安に顔を翳らせる子供に、若者はやんわりと微笑んで見せた。
「造作もない、少し離れていろ」
言って、セイは軽く身をかがめて岩の上に飛び上がった。
上手く足場を見つけながら上の方まで飛び乗って行き、天辺から周囲を見回す。
子供が自分を見上げながら後ずさって行き、目測でこの位と思える程に下がったのを見届けてから、再び身をかがめて飛び上がった。
先ほどとは違い、思いっ切り飛び上がって着地と共に思いっ切り岩を踏みつける。
踏みつけた先から、岩は真っ二つに割れ、音を立てて地面を揺らしながら、両脇の木々を倒しながら倒れて行く。
割れ目を上にして倒れた岩の破片の真ん中に降り立ち、セイは軽く飛びながら更に岩を崩していく。
岩が崩れるたびに立つ砂埃で、周囲は更に視界が悪くなり、思わず咳込む子供の耳には若者が岩を踏み続ける音が聞こえるのみとなった。
やがて、踏みつける音が止み、今度は砂利を踏み鳴らす音が聞こえ始め、子供の前で不意に止まった。
「まあ、こんなものだろう」
左手で目を守りながらセイが呟き、埃が消えるのを待つ。
月明かりのない中でも、夜の暗さに慣れた子供の目には分かった。
岩と呼べるものは、もう残っていない。
殆んど歩くのにすら差支えない程小粒の砂利となって、道に敷き詰められていた。
「これなら、旅人や他の村の者の行き来を妨げることはないだろう。荷車も通れるように出来るだけ均したつもりだが……」
「……」
思わず唖然としてセイを見る子供に、若者は無感情に告げた。
「来た」
何が、と聞くまでもなかった。
自分たちが来た山道の方から、音を殺すこともせずに近づく足音があった。
「ここまでの案内、助かった、礼を言う」
「そんなことは、どうでもいい。お前、本当にあの……」
「心配するな。岩よりは小さい獲物だ。大事ない」
「比べるモノが違うだろうがっ」
「さして変わらぬと思うが?」
小首を傾げる若者の正気を疑いつつも、子供はどうすることも出来ない。
「狐に伝言を頼む。薬の対価、確かに払ったぞ、と」
その言葉は、背中で聞いた。
すぐ近くまで足音は迫っていて、子供は慌てて身を隠したのだ。
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