弟子仲間の頼み

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弟子仲間の頼み

 鏡月はその話を、弟子仲間の狐に聞いた。 「狐?」 「オレの従兄弟が唯一取った女の弟子でな、見た目はどうかは知らんが、匂いまで凝って男になり切っている。あれは、知らん者が見たらバレんだろうな」  従兄弟、つまり雅の父親の弟子、と言う事だ。 「目が覚めて、あいつら一行を見送ってから、一月ほどは山でぶらぶらしていたんだが、飽きてしまってな」 「あんだけ長く寝てたのに、飽きなかったのにか?」 「何を言う、飽きたからこそ、再び眠らなかったんだぞ」  妙に力を入れて言い切る鏡月に、いい加減な相槌を打ち、蓮は先を促す。 「そういう頼まれごとをされるってことは、どこかに出かけた先で、その狐とやらに会ったのか?」 「そういう事だ」  博多まで知り合いを訪ねた鏡月はその地に向かい、そこで宿を取ろうとしていた狐と、ばったり会った。 「そいつ、今は京で隠れ住んでいる白狐でな、久し振りに会ったんで、ついつい話し込んでしまった」  その中で、長く山に籠っている間に、妙な怪談紛いの話を作ってしまった若者が、説教される羽目になった。  その上で、狐は言った。 「まあ、そのおかげで、利にかなった者もいたようですから、これくらいにしておきましょうか」 「……この位となるまでに、どんだけ文句並べたか、忘れてるんじゃなかろうなっ?」  清酒を煽りながら、悔し気に言う鏡月に、狐は平然としたものだ。 「悪かった話の方が多いんですから、仕方がないでしょう」  言ってから、ふと尋ねた。 「あなた、この先は、上方へ向かうんですか?」 「いや。ここしか、知った奴の所在を知らんのだ。お前は、知っているか?」 「あなたが、ここの方と、面識があった事すら、初耳です」  そうだったなと唸る鏡月に、狐は切り出した。 「丁度良かった。私が行くのも、逆に嫌なのではと思うんです。本当の所はどうであれ、私があの子の父を、連れて行ってしまったのですから」 「……ん?」 「これを、ミヅキのいた山の中に、埋めてくれませんか?」  懐から、布袋を一つ取り出した。  それを見下ろして、無言で目を見開く若者に、ゆっくりと告げる。 「出来るだけ、こちらの願いとなる思いは、詰め込んだつもりです。ミヅキの破片ですから、それだけでも、あの子とその住処を守る力には、なるはずです」 「……ミヅキの残した子供が、どうかしたのか?」  顔を上げて問う鏡月に、狐はある男から聞いたと言う話を、ゆっくりと話し出したのだ。  村の中には、まだほとんどの家が建っていたが、草むらに覆われ素通りするだけでは分かりにくい。  その真ん中の土地が、ぽっかりと空いていた。  流石に国の役人が入ったらしく、焼けた家は綺麗に片付けられていて、その時の様子を伺わせない。 「本当は、その発端の男の狐の息の根を、止めたかったらしい」  のんびりと、鏡月が言った。 「どうやら、もう少し向こうの村で、悪さを先導していた狐が、そいつらしくてな。引導を下した時取り逃がしたセイは、ここで終わりにしたかったらしい」  だが、頼まれてしまった。  死を覚悟した、女衆の長に。 「何かが、封印されてる感じはねえから、その狐逃げちまってるな」 「ただの、言葉での縛りだったらしいから、楽に解いてもらっただろうな」  辺りに気を配る蓮の言葉に、鏡月も頷く。  言葉での縛り……すえが持っていた包丁は、その家の物だった。  女の口を通した、思い込みと言う名の縛りの一つだ。  素直な子供が縛られていた狐に気付き、声をかけただけで解けてしまう程度の、簡単なものだったらしい。 「今感じる限りでは、呪いが解けて逃げた、と言う所のようだ。いずれ体勢を整えて、雅を直に付き狙うのではなく、周りから再び攻めていくつもりだろう」 「……そう言えば、昔この村に、性悪狐の話が流れたとか……それが、その叔父狐の仕業、だったんでしょうか?」 「だろうな。そいつ、元々は姉貴の気が引きたかったんじゃねえのか? 早々に出て行っちまったから、その娘に鞍替えしたのかも知れねえ」  山の方へと戻りながらの言葉に、盲目の若者は唸った。 「その辺りが難しいところだな。あの狐、話にもあったが力を誰かに奪われている。その奪った者が雅だとすると、元々執心だったのは、寿の方でなかったとする考えもある」 「……出来るのか? ただの半妖が、力のあった男の狐から、力を奪うなんてことを?」 「どういう手を使ったのか、訊いてみたい気もするんだが、お前が訊いてくれるか? まあ、その男の狐は自惚れが過ぎるようだから、そこを突いたのだろうがな」  のんびりと言いながら山の中に入り、立ち止まった。  そこは、村人たちが糧となった土が、草木を茂らせた場だ。 「白狐の話ではロンの奴、随分嬉しそうに、ここの村の話をしたそうだ」  対するエンは、苦い顔になっていたと言う。  村の女がどう考えを固めたか、知っているからだろう。  近い場所での出来事にもかかわらず、村の男衆の死と女たちの自刃を、鼻の利く大男ですら、考えなかったらしい。 「今はそうでもないが、相当染み付いていたのだな、血と死の匂いが。それこそ、狼の鼻を狂わせるくらいには」  気づきはしたが、山狩りの末の焼き討ちとでも、考えたのかも知れない。  どちらにしても、この村のこの惨状を見て、二人は驚いただろう、  セイは、問い詰められて話しただろうか。  この、悔いばかりが多い話を。  葵が顔を曇らせる横で、蓮は空を仰いだ。  夜空が見えぬほどに生い茂った木の葉が、先程まで降っていた雨の名残の雫を、時々思い出したように降らせて来る。  湿った足元にかがみ込み、鏡月は小刀で土を掘り起こした。  拳一つ入るくらいの大きさの穴を掘ると、懐から布袋の一つを取り出す。  中身は、ガラス細工に似た、掌に乗るくらいの大きさの丸い珠だった。  透き通ったそれを掲げ、そっと土の中へ転がす。  掘った土を戻して埋めた時、空気が震えた。 「……?」  なぜか、眉を寄せて顔を上げた若者に、大男が声をかけた。 「すごいんですね、それ。埋めただけで、何か呪いじみたものが、出来上がっちまいましたよ」 「……そんなはずはない」  立ち上がって周囲に顔をめぐらし、鏡月は戸惑い顔になる。 「これは、呪いと言う程強いものではない。そんなことをしたら、雅まで、はじき出されるかも知れんだろうが」 「……また、面倒臭えのが来たのか?」  舌打ちした蓮が、うんざりとして言いながら村の方へ目を向け、固まった。 「? 鬼の血の混じった男と、尼僧?」  村の中の、村長の家があったあたりに、いつの間にかいた者達の気配を探った鏡月も、眉を寄せたまま固まった。 「おい、あれは……」 「ああ、何でこんな時分に……」  何のことかと葵は声を掛けようとして、別な事に気付いた。  山から一つの人影が、その村に来た三人に近づいて行った。
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