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たっぷりと黒蜜の絡んだ餡と求肥を口に運び、君花は恍惚とした声音で「ほぐああ」と呻いた。モチモチと柔らかな歯触りに乗って、口内に品の良い甘味がふんわりと流れ込んでくる。
咀嚼する度にだらしなく緩んでいく表情を、君花はどうすることもできなかった。スプーンにとっては迷惑なことだが、柄を持つ指には知らず知らず、過剰なまでの力が入っていた。
口の中が空になってからも、君花は緩んだ顔つきのままぼうっと宙を眺めていたが、すぐ傍から軽快な笑い声が聞こえて、慌てて表情を取り繕おうとした。
「ね、もっかいさっきの変顔やってよ。写真撮るから」
スマートフォンを手に奈央が言った。君花は頬を熱くしながら「変顔じゃない」と視線を逸らした。
逸らした視線の先には壁に掛けられた絵があった。向かい合う風神と雷神を描いた古い絵画のようだが、よく見ると神々の中間辺りにあんみつの入った容器が描いてある。何となく気の抜ける構図を見て、君花はふっと小さく息を漏らした。
甘味処の店内はそれなりの客入りだった。そこかしこの席で客達はあんみつやぜんざいといった甘味を口にし、幸せそうに微笑みながらざわざわと言葉を交わしている。
君花と奈央は隅にある席に向かい合って座っていた。君花の手前には白玉入りのあんみつが、奈央の手前にはバニラアイスの乗ったあんみつが置かれ、机の上で煌びやかな存在感を放っている。
「マジであんみつ好きなんだね。すんごい顔で食べてた」
くっくと笑いの残滓を含む声で奈央が言った。
「……知ってたの? 私の好物」
君花は探るような口調で尋ねた。
へらへらと捉えどころのない微笑を浮かべながら、奈央は「んぬ」と曖昧な声を返した。君花は目を細めて奈央の表情を眺めてみたが、それで内心が読み取れるわけもなく、ただ「へらへらしてるなぁ」と思うばかりだった。
眼前のあんみつを口いっぱいに詰め込みたい衝動に耐えながら、君花はスプーンを器の端に置いた。一度深く呼吸をした後、奈央のへらへら顔を見据えながら、ゆっくりと口を開く。
「私達、高校より前に会ったことある?」
君花の言葉に対して、奈央は曖昧に微笑むだけだった。ただ、まぶたがぐっと持ち上がり、楽しげなおもちゃを目にした子供のような視線を君花に向けていた。
「カッパちゃん?」
早口に言葉を継いで、君花は緑茶の入った湯呑みを素早く手に取った。発言をごまかすように、中身をぐいぐいと喉へと流し込む。ほんのりと暖かな苦味が舌の上を滑っていった。
長い息を吐きながら湯呑みを机に置き直す。おずおずと奈央の顔へ視線を戻すと、眉間に刻まれた特大のシワが目に入り、君花はたじろいで右手の指をくねくねと所在なく動かした。
「思い出すの遅すぎ。あんなに仲良かったのにさ」
拗ねたように頬杖をついて、奈央は揶揄と懐旧の入り混じった声で言った。
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