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(どれだけ調べてもイヴァンナ様が王妃になってからの『聖女の奇跡の顕現』が見つからない。いくら大戦を制した後とはいえ、百年前は魔獣の被害が今よりも多かったはず。人々が奇跡に頼らず生きていけるようにと方針を打ち出していても、聖魔法でなければ治癒できないような怪我くらい、イヴァンナ様はどうして治さなかったのかしら)
何かを見落としたのだろうかと目を落とし、ひたすらページを繰って歴史を巻き戻る。
(仮説でしかないけど……、イヴァンナ様は大戦で力を使いすぎた? だから、その後はほとんど魔力が残っておらず、奇跡を行うことができなかった……。わからない。「魔力」というものがもともと特殊な能力な上に、現代では使える人間がいないから)
たった百年足らずの間に、人間から急速に失われつつある過去の力。それを思うと、背筋がぞくっとした。
誰かが故意に、その周囲の歴史すら無きものにしようとしているのを目の当たりにしているだけに、余計に。
そこに「奇跡」や「魔法」が存在したことすら、もろともに消されてしまう。
「姫様。そろそろ休憩といたしましょう。喉が痛いのでは?」
不意に渇きを覚えて、ステラは顔を上げた。視線をすべらすと、卓上の燭台に手を伸ばすザハリアの姿が目に入る。
口から喉にかけての乾きは痛いほどで、ひりつく喉を手でさすがりながら、息を吐き出す。声にならない。
「……もう、少しで、何かがわかりそうで」
掠れた声で息も絶え絶えに答えると、ザハリアは優しいまなざしのまま言った。
「何かが見つかりそうですか?」
十年たっても、出会った頃からそれほど変わったようには見えない、吸い込まれそうな瞳。言葉もなく見つめてから、けほけほと咳き込みつつステラは答える。
「見つかるかもしれない。いいえ、見つけるわ」
「それは心強い。でもひとまず今日はお茶にしましょう」
根を詰めすぎていた自覚はあり、ステラは頷いて立ち上がる。ザハリアは肩越しに振り返って低い声で囁いた。
「姫様なら、私を見つけてくれるかもしれませんね」
「あら。今度は先生がかくれんぼするの? いいわよ。どこに隠れていても見つけてみせるわ」
笑み交わす。
灯りを持って先導するザハリアの背に続いて、禁書庫を後にした。
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