翌日

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「よし、準備完了!」  きっちりスーツを着て、化粧をした私は、姿見の自分にうなずいた。  スーツを着ると、キリッとして背筋が伸びる。  今日から出張扱い。公私の区別はつけたい。  と言っても、隣りではまたぼんやりと着替えている進藤がいて、締まらない。  ヤツもスーツを着るつもりらしく、薄いブルーのワイシャツに手を通していた。  昨夜は別々の布団で寝たはずなのに、進藤が「寒い!」と私の布団に乱入してきて、疲れて眠すぎた私は大した抵抗もできず、彼の抱きまくらになったまま寝た。  ちなみに、慣れない運動のせいで、今朝は筋肉痛だ。  慣れない運動というのはもちろん、かまくら作りのことだ。 「おはようございます。朝食をお運びしてよろしいでしょうか?」 「おはようございます。お願いします」  七時ちょうどに女将さんが声をかけてくる。  ご飯にワカメと豆腐のお味噌汁、鮭の塩焼き、卵焼き。  とても旅館らしいメニュー。  その中で山菜の佃煮が特徴的だった。濃い醤油味にほのかな苦味がいいアクセントで美味しい。    お茶を淹れてくれていた女将さんに、進藤が尋ねた。 「あの笹本さんの別荘の由来ってご存知ですか?」 「由来ですか?」  目を覚ました進藤は早速仕事モードになっていたようで、遅れを取った。  もう調査開始している。 「あの場所にどうして洋館なのかなってことでしょ?」  慌てて会話に参加する。 「そうそう。敢えてあそこに洋館を建てた理由とかご存知でしたら、教えてください」 「あぁ、そういうことですか」  不思議そうに首を傾げていた女将さんは、納得して笑った。 「知ってますよ。ここらでは有名な話なんで」  女将さんの話はこうだった。  もともとあそこは笹本さんの実家が建っていた。それは小さな平屋で、お父さんを早くに亡くした笹本さんは苦労して必死に働き、成功すると、お母さんのために実家をあの洋館に建て替えたらしい。  でも、残念ながら、お母さんは洋館を気に入らず、出ていってしまったそうだ。 「えぇー! せっかくあんな立派なのを建てたのに!?」 「まぁ、もったいないけど、わかる気もしますね。私だったら落ち着かないもの。高齢の方ならよりいっそうだと思いますよ」  驚く私に女将さんは苦笑する。 「なるほど」 「主人の方がもう少し詳しいと思いますよ。笹本さんの後輩だったから」 「そうなんですね。あとで聞いてみます。ありがとうございます」  進藤がにっこりとお礼を言った。  そして、いつの間にか、旅館のおじさんに車を出してくれるようにお願いしていたようで、食後、準備を整えると、早速、私たちは別荘に向かった。 「あー、あの時は笹本さん、荒れてたなぁ」  車を運転しながら、おじさんは苦笑いをした。  例の別荘の話をおじさんにも聞いてみたのだ。 「親孝行のつもりで『豪邸を建てるんだ!』と意気込んでいたのに、お袋さんに激怒されたんだもんな」 「激怒?」 「『思い出の家を壊して、こんな落ち着かない家を作ってからに! しかも、私ひとりでこんな広いところ無駄だろ!』って怒鳴られたらしい」 「笹本さん、かわいそう……」  きっとお母さんは喜んでくれると思っていただろうにと笹本さんが気の毒になった。 「着いたぞ。帰りたいときは連絡してな」 「ありがとうございます」  別荘前で降ろしてくれると、おじさんは旅館に戻っていった。 「外観は撮ったから、内観の写真を撮る?」  おじさんの話を聞いてから、ずっと考え込んで大人しかった進藤に声をかける。 「あ、あぁ。そうしよう」  私は預かっていた鍵で解錠して、中に入った。 「わぁ、本格的!」  玄関を入ると吹き抜けのホールになっていて、天窓から明るい陽射しが入っていた。  真正面には二階に上がる優雅な手摺り付きの階段。その両脇にはカーブを描いて上に上がるスロープがあった。  真っ白い壁に、大理石の床、渦巻き模様が素敵なアイアンの施された窓や手摺りがとても素敵で、まるで貴族の館みたいだった。  とりあえず、写真を撮り始める。 「なあ、さっきの話だけど、どう思う?」  周りを見渡していた進藤が話しかけてきた。 「どうって? 良かれと思ったのに、笹本さんが気の毒だなとは思ったけど?」  意図がわからず、首をひねる。 「俺はちゃんとお母さんの希望を聞いてあげたらよかったのになと思ったよ。歳取って、ここに住むのはつらくないか?」  そう言われて見回すと、滑りやすく冷たい床に長い階段、スロープはあるけど、仮に車椅子になったとき上がれるかというと傾斜がきつい。  だいたい、すごく広いから掃除とか大変そうだなあ。  お手伝いさんとか雇うのかもしれないけど、他人が自宅を出入りするのもストレスかも。  そう思うと、突然ここに連れてこられたお母さんの方に同情したくなる。 「それに、なんでわざわざ笹本さんがここを売却するのを条件にしたのか気になるんだよなー」 「それは黒歴史を消したいとか?」 「んー、そうかな? 笹本さんにとって、今さらここを二束三文で売っても意味ないだろ?」 「うん、とんでもない資産家だもんね。放置してても問題ないよね」 「じゃあ、どういう意味があるのかなと思って」  こういうところが進藤の仕事ができるところなんだろうなと思い、おもしろくない。  私は与えられた情報をそのまま受けとるしかできない。でも、進藤はこうしてその裏にあるものを考えようとする。  納得いってない顔の進藤と、手分けして内装写真を撮っていった。 (く〜! なんで笹本さんはここを売りたいんだろう?)  笹本さんの癖のある顔を思い浮かべた。  悔しくなって、写真を撮りながら私も考えてみる。    まぁ、普通に言って、ここはなかなか売れないだろう。  初めて来たときにも思った通り、場所が悪すぎる。  そして、こんな洋館にどんな需要があるんだろう?  今はしんしんと足もとから冷えてくるし。  夏は避暑になるかな? それはありかも。  アルコーブのある白漆喰の壁は凝った装飾が施されていて、本当にオシャレだ。  他の部屋には暖炉スペースもあった。  『憧れの洋館で過ごす涼しい夏』  そんなキャッチコピーが浮かぶ。  部屋数もあるからペンションにするとか?  でも、観光地が近いわけじゃないから無理があるか……。  あれ? いつの間にか、売りたい理由じゃなくて、売るための口実を考えてる。 (ん? 口実?)  自分で考えた言葉に違和感を感じる。  つい最近、似たようなことを思った。   (あぁ、今の開発プロジェクトだ。笹本さんに土地を提供してもらうために、いろいろ見栄えのいい資料を用意させられた。もしかして、笹本さんはあのプロジェクトにこの別荘と同じ違和感を覚えているとか?) 「進藤! 進藤!」  私は思ったことを伝えたくて、彼を探した。 「なんだ?」  キッチンの写真を撮っていた進藤が振り向いた。 「笹本さんはあのプロジェクトがここみたいにチグハグだって言ってるんじゃない?」 「安住もそう思ったか!?」  ぱあっと顔を輝かせて、進藤が破顔した。 「それに俺たちを試してるんじゃないかと思うんだ。ちゃんと意見を聞くかどうか」 「なるほど! 笹本さんの失敗から学べってことかな?」 「そうじゃないかな」  私たちは顔を見合わせ、うなずいた。 「ってことで、俺はちゃんと安住の意見を聞くぞ? どうして欲しい?」    ニコニコと無邪気そうに聞いてくる進藤は、私の上に跨っていた。 (意見を聞くと言う割に、今の今までなんの意見も聞いてもらえなかったけど?)  寝る段になって「気持ちいーこと、しよーぜ」からの「もう三回もしたんだから、四回でもいいだろ?」「ダメな理由を言ってみろよ」と畳みかけられて、理由を考えている間に、押し倒された。  もちろん、そのままで済むはずもなく、口を吸われ、身体中、愛撫され、どんどん頭がぼんやりしてくる。    昼間の真面目な議論が嘘のようだ。  あの別荘を売る方法もそうだけど、開発プロジェクト自体の方向性を再提案してみようと盛り上がっていたのに! 「どうって……」  むやみに整った顔を見上げる。  進藤の腹立つところはさらに愛嬌まであるところだ。  ……ダメだ。質問しながらも愛撫をやめない進藤のせいで、全然頭が働かない。  抗議するように睨むと、なぜかヤツは喉を鳴らした。 「……っ、そんな色っぽい目で見るなよ」  かすれ声でささやくと、少し目を伏せた。  長いまつ毛が影を作り、色気を醸し出す。   (自分こそ柴犬のくせに、色っぽいってなによ!)  私が憤っていると、視線を上げて、目を合わせた進藤は「しょうがないな。選択問題にしてやるよ」と偉そうに言った。 (選択問題?)  疑問に思った、その時─── 「ひゃっ!」  ヤツが私の股の間をべろんと舐めた。 「ちょっ……や、あんっ! あ、ああ、あぁん!」  進藤は下から舐め上げて、その先端の尖りをペロペロ舐めだすから、私は身悶えて、首を振った。 「質問① ここをこうやって舐められるのがいいか、噛まれるのがいいか?」 「ひゃ、やんっ!」  質問を実践されて、腰が浮いた。 「舐める方が好きみたいだな」  返事をしていないのに、勝手に判断されて、舌を尖らせて、つつかれたり、しゃぶられたりする。 「質問② 舌と指とどっちがいい?」 (そんなところで、しゃべらないでよ!)  彼の息がかかるだけで、感じてしまう敏感な芽をまた舐めながら、進藤は今度は指を私の中に挿し込んできた。  膣壁を擦ったりトントンと叩かれたりすると、キュッと中が締まるのがわかった。  それを感じたのか、進藤が満足気な息を漏らす。   「これがいいか……、こっちがいいか……」  指と舌の位置が反対になった。 「やあん……!」  愛芽を指でぐりぐり押しつぶされて、舌はにゅるりと中に入ってきて、上壁を這うように擦る。 「あ、やっ、やっ、ああ、あああっ、ぅんんんーーーッ」  足指をぴーんと突っ張らせて、軽くイってしまった。 「へー、こっちの方がいいんだ」  くすっと笑いながら、口を拭うのはやめてくれるかな? 無駄に恥ずかしい。  ぐったり弛緩した状態で睨みつけるけど、ヤツにはなんの効果もない。楽しそうに笑うだけだ。 「じゃあ、最後。コレは好き?」   脚を広げられて、大きなモノが入ってきた。 「ぁああんっ!」  奥まで一気に貫かれて、痺れるような快感に包まれる。 「好き?」 「……すき」 「俺も好き!」  あまりの気持ちよさに、問われるままにうなずいてしまった。  ヤツも私の中が好きらしい。  うれしそうにキスをしてきた進藤は、その後、さんざん私を貪った。 (これって意見を聞かれたことにならないと思う……)  翌朝、布団の中で、進藤がやけに甘い声で聞いてきた。 「なあ、夏希って呼んでいい?」 「はあ? いいわけないでしょ? なんでいきなり?」 「え、だって、付き合うんだろ?」 「いつそんな話になったのよ!」  寝ぼけてるの?と私が半眼になると、進藤が焦った顔をした。 (まったく、コイツの考えることって、わけわかんない!) 「え、だって、好きって言ってくれただろ?」 「あれは……!」  思わず大きな声で言いそうになって、口をつぐんだ。   『あれはあんたのモノが好きかどうか聞かれたからでしょ!』 「そっちか……」  小声で言うと、進藤ががっくりしてつぶやいた。 「くだらないこと言ってないで、さっさと起きて、帰るわよ!」  調べ物は昨日で終わらせた。  あとはさっさと帰社して、開発プロジェクトの再考を含めて、課長に報告しなきゃ!  こうして、いろいろあった出張が終わった。  
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